アセンションを斬る

 日本は被爆国です。なのに「アセンション」を語る人たちは、原爆よりもひどいです。 
 人類の1/3が滅びるとか言っています。無差別にです。
 しかし、そのあとがイケマセン。
 差別が入るからです。
 
 アセンション(次元上昇)できる人は生き残れるというのです。
 
 例えば、こだわらない人は生き残れるとか・・(笑)
 
 世の中の人の多くは、誰もアセンションなどにこだわっていません(笑)。ほっとけばみんな生き残れます。
 
 世紀末もそうでした。世界が滅びるとか、言われていました。
 それが終わったと思えば、今度は2012年です。
 
 まったく彼らは、「レベルの低い人」を滅ぼしたくて仕方がないのです。私なんかその筆頭者でしょう。
 
 2012年が無事に過ぎれば、次は××年とか言い出します。きっと・・。
 そうやって警告を発することが、人の上に立つことだと思っているのです。
 
 例えば、「資本主義は崩壊する」とかも言っています。聴衆は100匹以内のサルに入れるのが嬉しくて、ワクワクして聞いています。
 しかし、崩壊するどころか、景気は上を向いています。 
 
 なぜ「脅し」をするのでしょうか・・。


2006年5月 1日 09:27 | 投稿者:森田 健(もりけん)

「争い」

 昨日、船井幸雄ドットコムから次のメールがきました。
『今月の上旬には、船井会長の著書「思いをひろげ、未来をつくる 「百匹目の猿現象」を起こそう」(サンマーク出版刊)も発売になります。未来は本当にすばらしいものになるのかもしれません』
 
 私がここで斬っていた「百匹目の猿現象」が、本になるらしいです。
 でもこのテーマは、船井さんは以前から言及していました。。
 そのとき、「100匹目の猿たちが住んでいるこの島には、争いがない」と書いていたような気がします。
 
 動物界の「争い」は、本当に「争い」なのでしょうか?
 
 私は猿たちの島のことはよく知りません。でも芋を与えているのは、人間ではないでしょうか?
 野生の猿が芋を掘って、それをわざわざ海岸に持って行って洗って食べるのではなく、人間が海岸にばらまいた芋を、すぐそばの海岸で食べるのではないでしょうか?
 
 餌付けをしているのなら、争いが少なくなって当然のような気がします。
 
 しかし・・です。それは「よいこと」でしょうか? 
 
 動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。
 
 なのに餌付けをし、「ここの猿はレベルが高い。争いが無いのだから」という視点は、とてもいやらしいと思います。
 
 私は連休明けに船井さんにアポを取り、ここに書いた内容を面前で説明します。
 そのときは、講演会に使うスライドも持って行きます。
 
 それは「争い」でしょうか?
 
「程度の低い人間」あるいは「レベルの低い人間」のすることだと、アポを拒否するでしょうか?
 それとも単に、忙しいという理由で、断ってくるでしょうか?
 
 私は五月は、何も予定がありません。いつでもどんな時間帯でも、たとえ10分でも飛んでいきます。


2006年5月 2日 09:22 | 投稿者:森田 健(もりけん)

「長所進展法」は「自分にこだわること」

 良い例が佐々木小次郎と宮本武蔵です。
 
 小次郎は他の剣士よりも長い刀が得意でした。その長所にずっとしがみつき、その長所(長い刀)を捨てることはありませんでした。
 
 武蔵は柳生石舟斉に会って以来、鳥の声を聞くようになりました。
 それは自分を無にすることにも近くなりました。
 
 戦法は、その時その時で変化します。
 今までの勝った手法にこだわりません。
 
 最後は刀すら捨てて小次郎に勝ちました。
 
 武蔵が「自分の長所」とやらを「発見」して、その戦法を使い続けたら、無敵の人生を送ることはありませんでした。
 
 「長所進展法」はとても聞こえがよいですが、「自分にこだわること」なのです。それも過去の自分に・・・。
 
 長所を捨てれば、気が楽になり、簡単に稼げるようになります(笑)
 


2006年5月 3日 09:34 | 投稿者:森田 健(もりけん)

武蔵は柳生石舟斉と対戦していません

「運命を変える未来からの情報」を執筆しているとき、「鳥の声を聞け」というフレーズはキーになるので、吉川英治の原文から抜粋しようと思い、「宮本武蔵全八巻」を買ってきました。
 
 しかしどこを探しても、武蔵は柳生石舟斉が対戦するシーンが載っていないのです。
 あのシーンは、NHKの作り話だったのです(笑)。
 
 吉川英治の原作ではどうなっているかと言えば、武蔵は柳生石舟斉の家までは行くのです。その門に「鳥の歌を聞け」というような詩が書いてあったのです。
 武蔵はそれを見て、あぜんとします。
 
「柳生石舟斉というヤツは、俺とは住む世界が違う・・」
 
 門すらたたけずに、その場を離れます。
 
 しかし武蔵は、その詩が頭から離れません。そしてその意味について、自分で解釈して、ある日気づくのです。
 
 これではドラマとして面白くありません(笑)。なのでNHKでは試合をさせ、サビの部分を柳生石舟斉に語らせたのです。
 
 ドラマで武蔵は、強くなりたいがために剣豪の門を次々に積極的に叩いたように描かれています。そして体で体得していったように表現されています。
 
 でも本当はそうではなかったのだと思います。
 
 彼は柳生石舟斉の表札の脇に書かれた「情報」で、変わったのです。
 
 本当に柳生石舟斉に会ったら、タダのオヤジで(爆)、「鳥の歌を聴け」なんて本質的なことは教えてくれなかったかも知れません(笑)。
 
「何でも体験しなさい、体験があなたを変えます」・・なんてのは、そのまま受け取ってはいけません。
 だから私はりんごの部屋で、何もしません(笑)。


2006年5月 4日 09:15 | 投稿者:森田 健(もりけん)

巌流島を目指して

 武蔵を巌流島に運ぶ船頭は「佐助」と言います。彼は大旦那様からその役を命じられたとき
「こんな御用は船師一代のうちにもないことだと思います」
 と言ってこころよく引き受けています。
 
 しかし武蔵が勝てば、追っ手によって同時に殺されることも覚悟の上です。
 
 でも武蔵は巌流島にも「遅刻」をします。
 それはなぜかと言えば、引き潮になるときを狙っていたのです。
 引き潮になれば、逃げ足も速いです(笑)。
 
 それは自分だけでなく、佐助も助けようとしていたのかも知れません。
 
 さて吉川英治の小説が、NHKの大河ドラマを完璧に超えるシーンがあります。
 それは巌流島に向かうとき、視点が佐助になったりするのです。
 これをドラマで表現するのは、とても難しいです。
 
 佐助は、前を見据えている武蔵は、いったい何を考えているのだろうと思います。
 しかし武蔵が思っていたことは
 
「暇だぁ」
 
 でした(爆)
 その部分の、本の抜粋を入れます。
 
*************************
 
 彼(武蔵)はかつて、退屈というものを知らずに生活してきたが、この日、船の中では、いささか退屈を覚えた。
 櫂(かい)も削ったし、タスキのためのコヨリもよれたし・・そして考える何事も持たない。
 ふと。
 船縁から真っ青な海水の流紋に眼を落としてみる。
 深い・・底知れず深い・・。
 水は生きている。無窮の生命を持っているかのようである。しかし一定の形を持たない。一定の形に囚われているうちは、人間は無窮の生命は持ち得ない。
 眼前の死も生も、そうした眼には、泡沫に似ていた。
 ・・・が、そういう超然らしい考えがふと頭をかすめるだけでも、体自由の毛穴は、意識無く、そそけ立っていた。
 それはときどき、冷たい波しぶきに吹かれるからではない。
 心は、生死を離脱したつもりでも、肉体は、予感する。筋肉が締まる。ふたつが合致しない。
 
***************************
 
 こころは退屈でも、体は正直だったのです。
 
 それにしても吉川英治の文章は、うまいです。
 NHKがいくら頑張っても、抜粋の部分を表現するのは出来ないでしょう。
  
 武蔵のこの状態は、多くの人が経験すると思います。
 
 何かの試合前、開始まで時間があるとき・・・
 
 私なんか、講演会が始まる前が、それです。
 
 暇だけど、暇じゃないのです。
 
 船にいる間ずっと、佐助からは武蔵に喋りかけていません。
 武蔵から
「佐助・・」
 と呼びかけられ
「へい・・」
 と答えて、会話が始まります。
 
 大旦那が佐助に船頭を命じたのは、単に船の操作に長けていただけではないと思いました。


2006年5月 5日 09:47 | 投稿者:森田 健(もりけん)

佐助と大旦那

 吉川英治の原作で、気になっていたのが、武蔵が身を寄せていた宿の大旦那と、武蔵を乗せた船を操る船頭でした。
 NHKのドラマでは、こういう部分が一切無いからです。
 
 でも武蔵の勝つ原因が、こういうところにもありそうなのです。
 
 以下、大旦那と佐助の、その日の朝の会話です。
 
**********************
 
大旦那「佐助、今日は念を押すまでもないが、合点だろうな?」
 
佐助「へい、ようく心得ておりまする。たくさんの船の中から脚の速い、そして汚れのないのをよって、すっかり塩をまいて、舟板まで洗って置きました」
 
大旦那「船はどこへ繋いでおいたか」
 
 佐助が、いつもの船着き場に−−と答えると
 
大旦那「そこでは、お立ちの際、人目に付く。どこまでも、人目立たぬようにというのが武蔵様のお望み」
 
佐助「かしこまりました」
 
 太郎左右衛門(大旦那)は、自分までが、何やら落ち着かぬ様子だった。
 
**************************
 
 以上のように、大旦那も落ち着かなかったのです。
 準備はいろいろなところで進んでいました。
 
 ところで武蔵はなかなか部屋から出てきません。
 遅刻が心配な大旦那は気が気ではありません。
 この部分は、大旦那とその娘(お鶴)の会話でお楽しみ下さい。
 
**************************
 
大旦那「お鶴・・」
 
お鶴「はい・・」
 
大旦那「武蔵様はどこにおいでか。朝のご飯は差し上げたか」
 
お鶴「もうお済みでございます。そしてあちらのお部屋を閉めて」
 
大旦那「そろそろ、お支度中か」
 
お鶴「いいえ、まだ」
 
大旦那「何をしていらっしゃるのだ」
 
お鶴「絵を描いていらっしゃるようです」
 
大旦那「絵を・・・・?」
 
お鶴「はい  
 
大旦那「ああ、そうか。心ないおねだりをした。いつぞや、絵の話が出た折、後の思い出にと、わしが御無心しておいたので」
 
お鶴「きょうお供をしていく佐助にも、一筆形見に描いてつかわすと、おっしゃっておいでになりましたから・・」
 
大旦那「佐助にまで」
 
*************************
 
 おそらく、自分のために絵を描いてくれる侍など、いなかったと思います。
 佐助は絵をもらった時点で、死んでもいいと思ったかも知れません。
 
 さて、今回はもうひとつの発見を書きたいと思います。
 船は巌流島へと出発しました。
 
 そしてしばらくたった時のことです。
 
**************************
 
武蔵「佐助」
 
佐助「へい」
 
武蔵「なんぞ着る物はあるまいか。簑でもよいが」
 
佐助「お寒いのでございますか?」
 
武蔵「いや、船縁からしぶきがかかる。背中へかけたいのだ」
 
佐助「てまえの踏んでいる艫板の下に、綿入れが一枚、突っ込んでありますが」
 
武蔵「そうか、借りるぞ」
 
*************************
 
 この綿入れを武蔵は、直前まで羽織っていきます。
 
 数多くの映画やドラマには、このシーンは無かったように記憶しています。
 武蔵はいつもの、それなりにキメタ格好で、前を見据えて座っていたように思います。
 
 しかし長い間冷たい潮風に当たれば、彼の筋肉も冷えてしまいます。
 で、武蔵は綿入れを着込みました。
 
 もっこりした綿入れを羽織り、ぬくぬくと巌流島に向かう武蔵・・(爆)
 
 小次郎の軍団が武蔵を発見したとき、まず言ったのが
「何か羽織っておるぞ」
 でした(笑)
 
「鎧を身につけてきたと」言った者までいます(笑)。
 
 そして武蔵は、直前に綿入れを脱ぎ捨てます。
 
 佐助が綿入れを用意しておいたというのも、勝因のひとつだと思います。
 小次郎は海岸で長い間待たされ(笑)、その肩も冷えていたのではないでしょうか・・。 
 大旦那と佐助は、まるで女房のような役目を果たしていると思いました。
 
 そして試合の当日に、ふたりのために絵を描いてあげるなど、女性的な側面を見せている武蔵だと思いました。
 
 生きるか死ぬかという荒い波動の中で、これだけ繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワークが、勝利に導いたような気がします。
 


2006年5月 6日 09:27 | 投稿者:森田 健(もりけん)

佐助は念じた…「早く」 

 
 とうとう船は、巌流島の付近までたどり着きました。
 さっそく本の抜萃です。
 
**********************
 
 武蔵は、かぶっていた綿入れを脱ぎ捨てて
 
「まっすぐに」
 
 と言った。
 舳先はそのまま進んだ。
 けれど佐助の櫓は、どうしても大きく動かなかった。
 寂として、人影も見えない島には、ヒヨドリが高く鳴いていた。
 
武蔵「佐助」
 
佐助「へい」
 
武蔵「浅いなあ、この片は」
 
佐助「遠浅です」
 
武蔵「無理に漕ぎ入れるには及ばぬぞ。岩に船底を噛まれるといけない。潮はやがてそろそろ引き潮ともなるし」
 
佐助「・・・?」
 
(ここからは森田が抜粋して載せます)
 
 佐助は答えを忘れて、島の内の草原へ目をこらしていた。
 木陰にちらと、羽織のすそがひらめいていた。 
 
− 来ている! 待ち構えている。
 
 巌流の姿があれに。
 と指さそうとしたが、武蔵の様子をうかがうと、武蔵の眼もすでにそこにいっている。
 
 武蔵は船から立ち上がると
 
「もうよい」
 
 と佐助に言った。
 だが・・・
 まだ磯の砂地までは水面20間もあった。
 佐助はそう言われてから、二つ、三つ大きく櫓幅を切った。
 船は、急激に、グーグーと突き進んで、とたんに浅瀬を噛んだものとみえる。船底がどすんと持ち上がったように鳴った。
 左右の袴の裾を、高く掲げていた武蔵は、その弾みに、海水の中に、軽く飛び降りていた。
 
 しぶきも上がらないほとほ、どぼっと、スネの隠れるあたりまで。
 
 さぶ!
 ざぶ! 
 ざぶ・・
 
 かなり速い足で、武蔵は地上に向かって歩き出した。
 引っさげている櫂の木剣の切っ先も、海水を切っている。
 
 五歩
 また十歩と
 
 佐助は櫓を外したまま、後ろ姿を自失して見ていた。毛穴から頭のしんまで寒気だって、どうすることも忘れていたのである。
 
 とそのとき、
 はっと、彼は息詰まるような顔をした。彼方の松の陰から、巌流の姿が駆けてきたのである。大きな業物のぬり鞘が日をはね返し、銀弧の尾のように光って見えた。
 
 ざっざっざっ
 
 武蔵の足は、まだ海水の中を歩いていた。
 
 早く!
 
 と彼が念じたのも空しく、武蔵が磯へ上がらぬ間に、巌流の姿は水際まで駆け寄っていた。
 
 しまった、と思うとともに、佐助はもう見ていられなかった。自分が真っ二つにされたかのように、船底へうつ伏してふるえていた。
 
 巌流は先を越して、水際に立ちはだかった。
 大地を占めて、一歩も敵にゆずらぬように。
 
*************************
 
 
 ほとんどが佐助の視点で書かれています。
 こういう描写はテレビや映画では、とても難しいです。
 
 この時点で、武蔵は何も思っていないはずです。
 なので、佐助の視点を借りなければ、無理なのです。
 
 そしてそれは「武蔵の後ろ姿」の描写でもあります。
 
 ここまで準備をしていながら、最後は、いい立ち位置が取れない場面です。
 圧倒的に不利になりそうです。
 
 そして佐助は、単なる船頭ではなくなっています。
 武蔵の命令に背いて、櫓を漕いでしまいました。
 
 もう、上下の関係は無くなっていると思いました。
 
 お互いがお互いに、命を預けているのです。
 
「早く!」と念じるところがとても感じました。
 


2006年5月 7日 08:51 | 投稿者:森田 健(もりけん)

「小次郎っ、負けたり!」

 さっそく本文です
 
*********************
 
「武蔵っ」
 
「・・・・・・・・・」
 
「武蔵っ!」
 
おきなりが響いてくる。二人の足もとにも潮が騒いでいた。厳流は、答えない相手に対して、勢い声を張らないではいられなかった。
 

「おくれたか。策か。いずれにしても卑怯と見たぞ。約束の刻はとくにすぎて、もうひと刻の余も経つ。厳流は約を違えず、最前からこれにて待ちかねていた」
 
「・・・・・・・・」
 
「一乗通りの松の時といい、三十三間堂の折といい、常に故意に約束の刻をたがえて、敵の虚を突くことは、そもそも、汝のよく用いる兵法の手癖だ。しかし、きょうはその手に乗る厳流ではない。末代もの笑いもののたねとならぬよう、潔く終わるものと心支度して来い。いざ来いっ、武蔵!」
 
 言い放った言葉の下に、厳流は、こじりを背へ高く上げて、小脇に持っていた大刀物干し竿を、ぱっと抜き放つと一緒に、ひだりの手に残った刀の鞘を、浪間へ、投げ捨てた。
 
 武蔵は、耳のないような顔をしていたが、彼の言葉が終わるのを待って、そしてなお、磯打ち返す波音の間を措いてから、相手の肺腑へ不意に言った。
 
「小次郎っ、負けたり!」
 
「なにっ」
 
「きょうの試合は、すでに勝負があった。汝の負けと見えたぞ」
 
「だまれ、なにをもって」
 
「勝つ身であれば、なんで鞘を投げ捨てむ。鞘は、汝の天命を投げ捨てた」
 
「うぬ、たわごとを」
 
******************
 
 有名な場面です。
 
 武蔵はふたつの手法を取っています。
 まずは、「黙っている」こと。
 
 これによって小次郎がイライラしてきます。
 
 次に鞘を投げたことで、「あんたは負ける」と宣言します。小次郎はこれで怒ります。
 
 勝敗は、五分五分・・
 
 だとすれば、どれだけリラックスできるかが勝負だと思います。「鳥の声を聞け」はまさにリラックスを言っています。
 
 小次郎は怒りでそれを失いつつありました。
 
 武蔵は剣だけで戦っていたわけではありません。
 
 物語は続きます。
 


2006年5月 8日 09:25 | 投稿者:森田 健(もりけん)

直感VS全方位

 武蔵と小次郎は戦いを開始しました。 
 
 以下、本文を荒削りに削って、私がスポットを当てたいところを浮き彫りにします。
 
**********************
 
 武蔵の身は、巌(いわお)のように見えた。
 
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 
 武蔵は、居所のままだった。
 巌流はその武蔵に直面し、また、前面の大海原に対して、長剣物干し竿を諸手に振りかぶっていた。 
 
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 
 こうして二人の生命は今、完全な戦いの中に呼吸し合った。
 
 巌流は最初の攻勢に、武蔵の一髪も斬ることはできなかったが、地の利は、思うように占め直したのである。
 
 しかし武蔵が、海を背にして、動かなかったのは、理由があったことである。真昼の中の陽は海水に強く反射して、それに対(むか)っている巌流にとっては、はなはだ不利だったのだ。もし、その位置のまま武蔵の守勢に対して、ぐっと対峙していたら、確かに、武蔵よりも先に精神も瞳も疲れてしまったに違いないのである。
 
 思うように、地歩を占め直した巌流は、すでに武蔵の前衛を破ったかのような意気を抱き、巌流の足はジリジリと小刻みに寄っていった。
 
*******************
 
 これは、小次郎が負ける直前の描写です。
 小次郎は立ち位置のみで「有利」だと判断していました。
 しかし武蔵は、太陽の位置を加えることで、彼のほうが不利だと判断していました。
 
 武蔵は数多くの試合で、太陽の位置を計算します。
 特に巌流島は、バックが海面です。
 反射も計算されています。
 
 しかし、うしろに海水があることは、後ろには逃げることができないということです。
 三次元の行動範囲は、小次郎にとって圧倒的に有利に見えます。
 
 でも武蔵は、地上だけを使うのではありません。
 最後の瞬間は、ジャンプするのです(あさってをお楽しみに)
 
 これらを、武蔵は瞬間的なカンだけで行っていたでしょうか?
 そうは思えません。
 
 わざわざ遅れていくのも、意図的です。
 剣を使わず、櫂を使うのも、意図的です。
  
 この試合を見る限り、小次郎はとても単細胞に見えます(小次郎さん、失礼)。
 それは直感のみの世界なら、勝てたのかも知れません。
 小次郎の敵は、ずっと同種の剣豪だったのだと思います。
 
 あらゆる状況を自分の味方に付けるという兵法は、彼には無かったのだと思います。
 武蔵は全方位だと思います。
 
 小次郎は、負けるべくして負けているような気がします。
 


2006年5月 9日 09:23 | 投稿者:森田 健(もりけん)

吉川英治対NHK大河ドラマ(櫂はどこで手に入れた?)

 きょうから二日間に渡り、吉川英治の原作とNHK大河ドラマの対決です(笑)。
 
 吉川英治の作品では、以下のようになっています。
 
****************
 
武蔵「佐助
 
佐助「へい」
 
武蔵「これを貰ってもよいか」
 
佐助「何です」
 
武蔵「船底にあった櫂の割れ」
 
佐助「そんな物、要りはしませんが、どうなさいますんで」
 
武蔵「手頃なのだ」
 
 武蔵は、櫂を手にとっていた。片手に持って、眼から腕の線へ水平に通して見る。幾分水気を含んでいるので、気の質は重く感じる。櫂の片刃に削げが来て、そこから少し裂けているので、使わずに捨ててあったものらしい。
 
****************
 
 つまり武蔵は、船の中で偶然に櫂を見つけます。
 しかしNHKの大河ドラマでは、まったく違います。
 
 武蔵は暗い顔をして、毎日思索にふけります。
「小次郎の物干し竿が相手では、俺に勝ち目はない。同じ長さの剣だって五分五分なのだから・・」
 
 そしてある日、海岸で櫂を見つけます。
 それを持ち帰り、部屋を閉め切って削ります。
 
 櫂を削るときは、部屋に誰も入れなかったそうです。
 もしも誰か入れれば、自分が櫂を使うという噂が広まり、小次郎の耳に届くかもしれないと思ったからです。
 
 武蔵は、情報操作すらしようとしていました。
 
 そして誰もいない入り江で、櫂を振る練習をします。
 
 すべては秘密裏に行われていました。
 
 私はNHKが正解だと思います。
 私は「鳥の声を聞け」の次に、このシーンが好きです。
 
 夜、黙々と削る武蔵・・・
 目に、二本線は入っていません(笑)。
 
「武士道は精神だ」などと言う言葉は、無かったのだと思います。

(櫂は長さを補うためですが、その書き込みは明日とあさってでしますので、レスには言及しないでください。きょうは「偶然に発見」か「用意周到」かがテーマです(笑))


2006年5月10日 09:23 | 投稿者:森田 健(もりけん)

櫂を削る武蔵、ツバメを斬る小次郎

 NHKの大河ドラマで、小次郎について印象的にシーンがあります。
 
 小次郎がまだ駆け出しだった頃、滝の下の岸壁に立ち、ツバメを斬る練習をする風景です。
 何日も何日も続けます。
 そしてある日、ツバメを斬ります(可愛そう(笑))
 
 小次郎は興奮して帰ります(そのときは大富豪の用心棒をしていたので、豪邸に帰る)。
 そして金持ちの旦那の奥さん(愛人かも)を抱いてしまいます。
「今しがた、ツバメを斬った」
 と言って・・・。
抱かれた女は
「こ・・小次郎様ぁ」
 と言って、抱かれます(つまり承認(笑))
 
 ずっとクールに描かれてきた小次郎が見せる、初めてのセックス、いや、初めての興奮の場面です。
それほど彼にとって大きかったのです。
 
 しかし・・です。
 
 巌流島の決戦を前にして小次郎がやったことは・・
 やはり岸壁に立ち、ツバメを斬る練習でした。
 
 武蔵はそれを遠くから眺め、暗くなります(笑)。
 武蔵がそういう風な剣の練習をした場面は、私が記憶する限り、ありません。
 
 小次郎の、あの剣の長さと、あの剣のスピードに勝てるわけがない・・・と武蔵は思います。
 対策は秘密裏に行われる必要があったのです。
武蔵は、別の場所(島)に移り、対策を考えるのです。
 
 話を小次郎に戻します。
 小次郎はあれから進歩していません(汗)
 彼は「ツバメ斬り」で頂点に達していたのです。
 彼は剣のみなのです。
 剣が強ければ、あとの要素はゴミでした。
 
 その頃、武蔵は海岸を歩きながらゴミに目をやっていました。
 そしてゴミのように捨てられていた櫂に目がいくのです。
 
 巌流島は、この瞬間に「勝負あり」だったのだと思います。
 武蔵は剣を捨てたからです。剣豪が剣を捨てるという発想は、あまりないと思います。 

(櫂は長さを補うためですが、その書き込みは明日しますので、レスには言及しないでください。きょうは「ツバメを斬る小次郎」か「剣を捨てた武蔵」がテーマです(笑))


2006年5月11日 10:04 | 投稿者:森田 健(もりけん)

巌流島に直面した二人の「問い」

 小次郎は岸壁でツバメを切る練習をしました(これをツバメ返しと言うらしい)。
 巌流島を前にした小次郎の問いは
 
「この剣で武蔵に勝てるか」
 
 だったのだと思います。
 だから剣の練習にふけっていたのです。
 
 しかし武蔵の問いは
 
「小次郎に勝てるか?」
 
 だったと思います。
 どこが違うかと言えば、「剣」が抜けています。
 
 この差はとても大きいです。
 会社経営に例えてみましょう。
 文房具メーカーが
 
「しっかりと貼り付く接着剤は?」
 
 という問いを発していたとすれば、それは小次郎的です。接着剤が「しっかりと貼り付く」という常識から抜けきれていないからです。
 一方
 
「貼り付く接着剤は?」
 
 という問いには「しっかり」が抜けています。
 それでできたのが、ポストイットです。
 
 ポストイットは「しっかり」と貼り付くことから脱却したのです。しっかりくっつかない接着剤を使った製品は、大ヒットしました。
 
 問いが狭いと、時空は狭い答えしか、くれません。
 問いが広ければ、思いもかけない答えがきます。
 
 柳生石舟斉が武蔵に教えた「鳥の声を聞け」・・このフレーズは、問いを広く持ちなさいとも解釈できると思いました。
 
 狭い問いの小次郎は、岸壁の下に櫂が転がっていても、見向きもしなかったはずです。
 
 こうして考えると、「問い」が巌流島の勝敗を決定したとも言えると思います。 
 


2006年5月12日 09:24 | 投稿者:森田 健(もりけん)

巌流島もビジネスも「だまし合い」

 きょうは巻末に出ている、解説を抜萃します。
 
************************
 
 三尺一寸二分の物干竿より一尺長い四尺一寸八分の櫂を天秤棒でも肩にかつぐような格好で構え、小次郎には木太刀の長さの見当が付かぬようにした。
 しかも、かの「勝つつもりなら鞘をすてまいに」の一言の調略に乗って、怒気にかられた小次郎は、武蔵の持っている兵器(うちもの)には注意を払わなかった。
 
************************
 
 一尺とは30.3センチもあります。
 
 小次郎の刀よりも30%も長いのです。
 
 これって、アリですか? 
 
 アリなんですね・・。
 だって、小次郎は「物干竿」というネーミングの通り、普通よりも長い刀を使ってきたからです。
 
 小次郎の刀が普通の長さなら、武蔵も普通の刀で戦ったような気もします。
 しかし相手が元々長いのを使っているとすれば、自分だって使って、なぜ悪いでしょうか?
 
 でも武蔵は、それだけでは終わりません。小次郎の側からは長さが分からないように構えていたのです。
 
 ここまでくると、「だまし合い」です(笑)。
 いえ、よい子の言葉を使えば、「策略」です。
 合法的なら、何をしたって良いはずだからです。
 
 私だって商売は、「だまし合い」だと思っています。なぜなら商品紹介欄に、欠点はできるだけ書きません。それは武蔵が天秤棒のようにかついだのと似ています。
 
 小次郎は、商品(櫂)が来て、初めてそれ(自分にとっての商品リスク)を知ります。
 合法的なら、何をしても良いのです。
 
 でも世の中には「フェアにやるべきだ」とか「人を騙したらいけない」とか言う人がいます。その人は、武蔵の手法をどう評価するのでしょうか?
 
 おそらく・・・肯定するはずです。
 なぜなら、あの「宮本武蔵」だから・・です。
 歴史のヒーローだからです。
 
 でも聞きたいです。
 武蔵が負けていたら、どうでしょうか?
 
 意図的な遅刻、フェアではない長い櫂・・。
 
 武蔵はやり方が汚いです(笑)。
 
 そして小次郎の潔癖な姿勢が歴史に、残るでしょう・・。
 


2006年5月13日 09:03 | 投稿者:森田 健(もりけん)

武蔵の「用意周到」

 
 NHKのドラマでは、武蔵は誰もいない海岸に出て、櫂の木刀を振る練習をします。
 そのとき、小次郎のツバメ返しが頭をよぎります。
 
 武蔵は、再び木刀を振ります。
 木刀のテンションを体に覚え込ませるためです。
 
 夜になると、その櫂を再び削ります。
 昼間の練習で発見した不具合を、修正するためです。
 
 私はこのシーンがとても好きです。
 私がやりそうなことだからです(笑)。
 
 勝負と言えば、「才能」と「根性」と「練習」でした。
 私は小学校時代は剣道をやり、中学時代はバスケをやりました。
「才能」と「根性」と「練習」でした(汗)
 
 小次郎はまさに、その延長にあったような気がします。
 
 しかし武蔵は・・・。
 
 櫂を削るシーンは、まったく異質のところからのアプローチだと思います。
 
 体育会系は「用意周到」という言葉を嫌うような気がします。
 それは昨日書いたような「策略」であり「だます」ことにつながるからです。
 
 身ひとつだから、体のコンディションだけを整えておけば良い。
 ましてや、意識的に二時間も遅刻するなど、もってのほか・・。
 
 吉川英治の原作では、櫂を船の中で発見します。
 それを削るところまでは同じです。
 しかし船の上だから、振ってみることすらしません。
 いきなりホンバンです。
 
 吉川英治には悪いけど、もっとも良い部分、すなわち武蔵の「用意周到」がカットされたのではないかと思います。
 


2006年5月14日 09:46 | 投稿者:森田 健(もりけん)

小次郎だって負けていないNHK

吉川英治の小説では、次のやりとりがあることは、すでに書きました。
 
*******************
 
「小次郎っ、負けたり!」
 
「なにっ」
 
「きょうの試合は、すでに勝負があった。汝の負けと見えたぞ」
 
「だまれ、なにをもって」
 
「勝つ身であれば、なんで鞘を投げ捨てむ。鞘は、汝の天命を投げ捨てた」
 
「うぬ、たわごとを」
 
*******************
 
 小次郎は完全に言い負かされています。
 しかしNHKでは違いました。
 
********************
 
「小次郎っ、負けたり!」
 
「なにっ」
 
「きょうの試合は、すでに勝負があった。汝の負けと見えたぞ」
 
「なにをもって」
 
「勝つ身であれば、なんで鞘を投げ捨てむ。鞘は、汝の天命を投げ捨てた」
 
「鞘を投げて当然よ! お前を斬った汚れた刀など、元々使う気はないわ」
 
「なにっ」
 
********************
 
 これを見ていた妻はつぶやきました。
「原作とちがうじゃない・・。小次郎も負けてないじゃん・・。」
 
 そうなのです。このシーンが勝敗を決定したかのように描かれていた巌流島は、NHKによって再び覆されたと言ってもよいです。
 
 もしもそうなら・・
 
 吉川英治の作品では、櫂を偶然に見つけています。
 なので、武蔵は策略ではなく、偶然で勝ったということに近くなります。
 
 しかしNHKは、武蔵の「用意周到」に徹底的にこだわりました。
 なので、「小次郎っ、負けたり!」のシーンは、そんなことでは勝敗は決まらない・・という風にしたのだと思います。
 
 私はNHKを押すのですが、みなさんは?
 


2006年5月15日 09:23 | 投稿者:森田 健(もりけん)

間合い

 きょうはいよいよ勝敗が決まる瞬間です。
 本文の抜粋をどうぞ・・
 
*********************
 
 巌流が、はっと詰め足を止めたとき、武蔵の姿を見失いかけた。
 櫂の木剣が、ぶんと上がったのである。六尺ぢかい武蔵の体が、四尺くらいに縮まって見えた。足が地を離れると、その姿は、宙のものだった。
「あっつ」
 巌流は、頭上の長剣で、大きく宙を切った。
 その切っ先から、敵の武蔵の額を締めていた柿色の手ぬぐいが、二つに切れて、ぱらっと飛んだ。
 巌流の眼に。
 その柿色の鉢巻きは、武蔵の首かと見えて飛んでいった・血とも見えて、サッと、自分の刃の先から刎ね飛んだのであった。
 ニコ、と。
 巌流の眼は、楽しんだかも知れなかった。しかし、その瞬間に、巌流の頭蓋は、櫂の木剣の下に。
 
********************
 
 この部分は、本の表紙にもなっていました。
 
DSC18287S.jpg

 
 バックの黄色の丸は、太陽です。
 早朝に始まる予定だった試合は、武蔵の遅刻で11時近くにずれ込みました。
 それで太陽は、高く上がっていました。
 
 武蔵が飛び上がったのは何故か・・。
 
 本にも書いてありませんが、表紙を見ればやはり太陽をバックにしたかったのかも知れません。
 
 吉川英治の文章によれば、小次郎は「間合い」間違えたようです。「間合い」とは距離感です。本人は斬ったつもりだった・・。
 ニコッとするところなんか、すごいです。
 
 ここで30センチの長さの違いがモノを言います。だって振り下ろして、当たれば勝てるんだから・・。
 
 この微妙な「間合いの差」を持てたのは、やはり一人で練習をした「用意周到」の結果だったのだと思います。
 
 


2006年5月16日 09:14 | 投稿者:森田 健(もりけん)

「ずかずか」と踏み込む武蔵

 ここでほんの少しプレイバックします。
 太陽を背にすれば、後ろに逃げ場を失い、武蔵にとっては不利な立ち位置でした。
 でも太陽の位置のほうが有利だと思った武蔵は、それを選びました。
 そのことは、すでに書きました。
 以下の文章は、その次から、武蔵がジャンプするまでの間の出来事です。
 
*************************
 
 思うように、地歩を占め直した巌流は、すでに武蔵の前衛を破ったかのような意気を抱くと・・。巌流の足はジリジリと小刻みに寄っていった。
 間隔を詰めていく間に敵の体形のどこに虚があるかを見、同時に、自己の金剛身をかためて行くべく、それは当然な小刻みの足もとだった。
 ところが、武蔵は、彼方からずかずかと歩み出してきた。
 巌流が、はっと詰め足を止めたとき、武蔵の姿を見失いかけた。
 
**************************
 
 この瞬間、武蔵はジャンプしていたのです。
 
「武蔵は、彼方からずかずかと歩み出してきた」・・これも勝因になりはしないでしょうか?
 
 この手の勝負というのは、微妙な動きがモノを言うのが普通です。
 ほんの少しの動きを察して、次の動きが出ます。
 
 しかし武蔵は「ずかずか」と来たのです。
 小次郎は「はっと詰め足を止め」ます。
 
 小次郎が「はっ」としたくらいですから、武蔵の動きは相当意表を突いていたと思います。
 
 話は飛びますが、すでに一定の「間合い」で安定していた船井さんと私・・。
 私が「ずかずか」と入っていこうとしたら、
・接点を取る気はない
・会うのは不必要
・あとは文書で
 という答え。
 しかし私は、既にずかずかと入った気持ちでいます。


2006年5月17日 09:27 | 投稿者:森田 健(もりけん)

「誰か知ろう」

 まず、巌流島に向かうときの船の上から見た風景の描写をもう一度載せます。
 
*************************
 
 彼(武蔵)はかつて、退屈というものを知らずに生活してきたが、この日、船の中では、いささか退屈を覚えた。
 櫂(かい)も削ったし、タスキのためのコヨリもよれたし・・そして考える何事も持たない。
 ふと。
 船縁から真っ青な海水の流紋に眼を落としてみる。
 深い・・底知れず深い・・。
 水は生きている。無窮の生命を持っているかのようである。しかし一定の形を持たない。一定の形に囚われているうちは、人間は無窮の生命は持ち得ない。
 眼前の死も生も、そうした眼には、泡沫に似ていた。
 ・・・が、そういう超然らしい考えがふと頭をかすめるだけでも、体自由の毛穴は、意識無く、そそけ立っていた。
 それはときどき、冷たい波しぶきに吹かれるからではない。
 心は、生死を離脱したつもりでも、肉体は、予感する。筋肉が締まる。ふたつが合致しない。
 
***************************
 
 そして次は、いよいよ本の最後の部分です。
 
******************
 
 武蔵は十歩ほど歩いた。
 小次郎のそばに膝を折った。
 左の手で小次郎の鼻息をそっと触れてみた。微かな呼吸がまだあった。武蔵はふと眉を開いた。
「手当によっては」
 と彼の生命に、一縷の光を認めたからである。と同時に、かりそめの試合が、この惜しむべき敵を、この世から消し去らずに済んだかと、心もかろく覚えたからであった。
「・・おさらば」
 そこから手をついて、一礼すると武蔵の姿は、一滴の血もついていない櫂の木太刀を提げたまま、さっと北磯のほうへ走り、そこに待っていた小舟の中へ飛び乗ってしまった。
 
 中略
 
 生ける間は、人間からの憎悪や愛執は除けない。
 時は経ても、感情の波長は次々にうねっていく。武蔵が生きている間は、なお快しといない人々が、との折りの彼の行動を批判して、すぐこう言った。
「あの折りは、帰りの逃げ途も怖いし、武蔵にせよ、だいぶ狼狽しておったさ。何となれば、巌流にトドメを刺すのを忘れて行ったのを見てもわかるではないか」・・と。
 波騒は世の常である。
 波に任せて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は踊る。けれど誰か知ろう。百尺下の水の心を、水のふかさを。
 
*******************
 
 うーん、さすがにうまいです。
 吉川英治、最後はNHKを斬りました(爆)。
 
 映像は止めることができません。しかも流し手の意図で流し続けるしかありません。
 でも本は、読者が読みを止めることができます。
 
 小説の最後で読者が読みを止めるというのは、非常に珍しいです。
 つまり、すぐに本を閉じることができない状態です。
 
 ここに「これからは武蔵のように生きよう。武蔵の生き方を世の中に広めよう」などと書いてあっら、すぐに閉じられます(笑)。
 
 第八巻まで読み切って、最後は「誰が知ろう」です。
 吉川英治すら、本当の武蔵を知ってはいない・・と書いているようなものです。
 
 知らないことを認識するために、八巻の本を読んだ・・
 
 詐欺だという人は、誰もいないでしょう・・。


2006年5月18日 09:02 | 投稿者:森田 健(もりけん)

「あなたは私と人生を歩んでくれました」

 吉川英治の原作の最後は以下でした。
 
「波に任せて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は踊る。けれど誰か知ろう。百尺下の水の心を、水のふかさを。」
 
 これは映像で表現することが難しいと書きました。だからNHKは最後に斬られたと書きました。
 
 でもそれは柿色の鉢巻きを斬っただけでした。ニコッと笑うのはまだ早い。
 なぜならNHKは斬られる寸前、立ち位置を変えたのです。
 
 NHKの最終回、それは、お通の手紙でした。
 もちろん架空の手紙です。
 歴史上、お通のほうが先に死にますが、死に際に書いたような手紙として朗読されます。
 
「あなたは私と人生を歩んでくれました。戦いの日々もあったけど、最後はいつも私を連れに来てくれました。あなたと生きれてよかったです」
 
 こんな内容でした。
 バックには、若い頃のふたり、お通を連れて村を逃げる場面、そして巌流島の戦いのあとお通の元に帰る武蔵、お通を連れて旅に出るシーン・・。
 
 これは吉川英治には表現できないでしょう。
 ましてや小説の最後の場面に、ふさわしくありません。
 
 でもNHKは映像の利点を生かし、これでもかと流します。
 私は見ていて、不覚にも涙を流しました。
 
 武蔵が孤独な戦いが出来たのも、お通がいたからでした。
 たぶんご飯のような存在だったのだと思います。
 
 腹が減ったら飯を食う・・そこにお通がいたのです。
 
 まさか最後に、女性の視点に飛ぶとは思ってもいませんでした。
 
「鳥の声を聞け」・・六爻占術の外応の頂点として、私の本にも書かれました。そのNHK「宮本武蔵」が、お通の手紙でエンディングを迎えていました。 
 意表を突かれたまま、画面にはエンディングテーマが流れていました。
 
 吉川英治とNHKの戦いは、引き分けにしたいと思います。
 


2006年5月19日 09:02 | 投稿者:森田 健(もりけん)

最後に、佐助

 まずは本の抜萃です。
 
***********************
 
 彼ら(小次郎側の武士たち)は、漁村の小舟をかり集め、約12,3の舳先を勅使侍の浦へと着けておいた。
 そして万が一の場合には、すぐ3,40人が小舟で海上へ出て、武蔵の帰路を遮り、討ち取るなり、場合によっては彼の船を覆して、海峡の底へ葬り去ってしまおうと、示し合わせていたのだ。
 
************************
 
 ところで佐助は、武蔵が負ければ、死骸を乗せて帰る気でいました。それは本にも書いてあります。
 武蔵が死ねば、佐助は海岸に上がっても殺されることはないでしょう。武蔵の死骸を船に乗せるのを、小次郎の配下たちが手伝ってくれるかも知れません。
 
 でも武蔵が勝った場合は別です。
 一緒に殺される確率は高いです。
 
 そして武蔵は勝ってしまいました。
 
 武蔵は佐助の船に飛び乗ります。
 ここからが佐助の戦いだと思います。
 ここは本にも書いてなければ、NHKでも放映しませんでした。
  
 しかし敵が船を出した可能性は十分にあります。
 
 でも武蔵は遅刻しました。
 それは帰りのときに、引き潮になるのを狙ったのです。
 
 横の島から繰り出す敵の小舟は、引き潮を横に受けなければなりません。この場合、武蔵のほうが有利だと思います。
 
 それでもこの場面、佐助の心中は、察するものがあります。
 
「勝った武蔵様を絶対に死なせてはならない」
 
 この思いだけだったと思います。
 佐助の船頭人生の中で、もっとも長い午後だったはずです。
 
 漕ぐ佐助・・
 
 それは気力の戦いだったと思います。
 大旦那から命じられた動機もあるでしょう・・
 武蔵様から頂いた絵も、あるでしょう・・。
 
 佐助だって妻子があるかも知れません。
 でも、この時ばかりは、何も考えていなかったと思います。
 
 そして気が付くと、大旦那が待つ入り江に入っていたのではないでしょうか・・
 
 彼はこの試合を至近距離で見た唯一の人物です。
 もしも佐助に子供がいれば、語りぐさの種になったに違いありません。
 
 その時は武蔵の絵を出し、武蔵が羽織った綿入れを出し・・
 
 


2006年5月20日 08:45 | 投稿者:森田 健(もりけん)

無意識だったろう、佐助

 吉川英治の「宮本武蔵」からの抜粋は、もうありません。
 あとは私の勝手な感想と意見を書きます。
 
 武蔵が船を下りてから小次郎と対面するまでの佐助の様子は、小説に描かれています。佐助は見ていられなくて、伏せてしまいました。
 
 しかしその後はどうだったでしょうか・・
 
 実は小説でもNHKでも、武蔵と小次郎はよく移動します。
 NHKに至っては、武蔵は50メートルくらい海岸を走りました。
 
 三十三間堂での戦いでも、武蔵は走りました。
 武蔵が走ったのは、お堂の上の渡り廊下です。
 下には吉岡道場のトップが刀を抜いていました。
 彼も武蔵と共に走ります。でも武蔵はいきなり止まります。地面が濡れていたので、吉岡トップ止まりきれなくて、足を滑らせます。そこに武蔵が斬りかかります。
 
 汚たねぇ〜
 
 もしかすると小次郎も足を滑らせるかと思ったかも知れません(笑)。
 でもさすがの小次郎、ピタッと止まります。
 
 そのあと、例のシーン・・すなわち、ジャンプ責めです・・。
 
 さて、視点は佐助です。
 このとき佐助は、ものすごい高度なテクニックを使わされていたと思います。
 
 船は、横に移動できないからです。
 
 でも武蔵たちが止まってやり合う時は、浜に対して直角になっていたと思います。なぜなら二人が逆に走り出す可能性もあるからです。しかも武蔵が勝てば、すぐに船は沖に向かって漕ぎ出さなければなりませんから・・。
 
 たぶん櫓を持つ手は反射的に動いていたと思います。
 
 この時の佐助の「無意識」は、ふたつに焦点が絞られていたと思います。武蔵の動きと船の動きです。試合の勝ち負けには関与していなかったと思います。 
 
 もちろん勝ってほしい・・でも、それに気を取られると、舵を失うはずです。
 
 佐助に「プロ」という言葉はふさわしくないと思いますが、プロはこういうものだと思います。
 
 勝ったら、佐助の番だからです。でもそれは武蔵が勝ったあとにくるのではありません。勝つ前から始まっているはずです。
 
 コトは前倒しに・・(笑)
 
 しかしそれは無意識で行われていたはずです。
  


2006年5月21日 10:00 | 投稿者:森田 健(もりけん)

巌流島における意識と無意識

 前回では、無意識という話が出ました。
 これを武蔵の話に照らせて、もう少し考えてみたいと思います。
 
 小次郎は岸壁に立って、ツバメ返しの技を磨いていました。
 コンマ何秒の世界だと思いますので、意識した時はすでにツバメは通り過ぎているはずです。
 
 小次郎がその技を極めていたことは、彼は無意識に動く技で勝とうとしていたのだと思います。
 剣の世界では当然のことだと思います。
 
 しかし武蔵はどうでしょうか・・。
 引き潮の時間を調べたり、太陽の高さを調べたり、海岸をあさって武器を探したり・・つまり無意識以外の部分で準備を重ねていました。
 
 精神世界に「今を生きろ」という言葉があります。
 小次郎は、それで生きていたと思います。
 
 でも武蔵はどうでしょうか・・。
 彼は未来に生きていたと思います。
 青春を無駄にして、受験勉強に明け暮れるようなものです。
 でもそういう時代ではありません。
 
 生き方からすれば、小次郎のほうがトレンディではないでしょうか・・。
 
 しばらく、意識と無意識について考えてみたいと思います。
 


2006年5月22日 09:06 | 投稿者:森田 健(もりけん)

無意識を信用していない武蔵

 武蔵は吉岡道場との最終決戦のとき、あぜ道に逃げ込みます。
 敵が大勢いたからです。
 あぜ道なら、敵もひとりずつしか、かかってこれません。
 
 小次郎ならどうしたでしょうか・・
 彼は中央の広場で格好良く立ち振る舞い、敵を全滅させたような気がします。
 
 小次郎は自分の無意識を信じていた・・
 ツバメをも切れる自分の無意識を信じていた・・。
 
 かたや、武蔵は無意識を信じていなかった・・。
 だから無意識への負担をできるだけ少なくしようとしていた。
 
 美しさから言えば、小次郎に軍配が上がります。
 芸術的とも言える瞬間芸に、人は天才性を感じます。
 
 こうして考えると、武蔵と小次郎は、意識と無意識の戦いだったのだと思います。
 
(続く)


2006年5月23日 09:29 | 投稿者:森田 健(もりけん)

武蔵と小次郎は、自由の方向性が逆

 小次郎はツバメ返しを練習しました。
 反射神経は、無意識の産物です。無意識と身体が一体化することで小次郎は「自由」になりたかったのではないでしょうか・・
 
 自由・・すなわち、いつでも自由に勝てる状態です。
 
 武蔵は自分の瞬発的な件の技、すなわち無意識で勝負をするのではなく、策略を使いました。策略は意識の世界だと思います。
 そして意識を使って、自由になりたかったのではないでしょうか・・。
 
 自由・・すなわち、いつでも自由に勝てる状態です。
 
 となると、小次郎の自由の原因は無意識の側にあり、武蔵の自由の原因は、意識の側にあったということになりそうです。
 
 これを読んでいるみなさんも、自由になりたい人は多いと思います。
 
 どちらを使って自由になりたいですか?
 


2006年5月24日 09:24 | 投稿者:森田 健(もりけん)

巌流島・・無意識の対決

 小次郎は自分だけの無意識にのみ、アクセスしていたうよな気がします。
 
 それに対して武蔵は、自分以外の無意識の世界にもアクセスしていたような気がします。 例えば太陽の位置・・
 
 しかし試合中に意識の世界で、「計算通り」に動いたとは思えません。小次郎の素早い動きに対して、武蔵の意識も飛んでいたはずです。
 
 でも武蔵は、何度もシュミレーションしたような気がします。
 櫂を振る練習もそれです。
 櫂の動きを、自分の中では無意識化していたと思います。
 
 となると、無意識と無意識の戦いだったはずです。
 
 でも武蔵の勝因・・それは、武蔵が味方につけた無意識が、広大な自然そのものだったのではないでしょうか。
 
 一方、小次郎は「個」の無意識だけで勝負してしまいました。
 


2006年5月25日 09:10 | 投稿者:森田 健(もりけん)

巌流島・・「私は原因」と「私は結果」の戦い

 どちらが「私は原因」で、どちらが「私は結果」の生き方だったでしょうか?
  
 策略を練る武蔵の側が普通、「私は原因」と考えられます。
 そしてハンドルを手放して、「無意識」に自分をゆだねた小次郎が、「私は結果」を生きていたように感じます。
 
 しかし・・
 
 小次郎は、あくまで「自分」が問題でした。外の世界は関係ありません。自分ひとりの技だけに焦点を合わせました。勝てば自分の技がすごいと思い、負ければ自分がダメだと思います。
 
 武蔵は、自分の技だけを信じていませんでした。策略を練る事に日々を費やします。
 この点からすれば、武蔵は「私は原因」では勝てないと思っていました。

 巌流島は「私が原因」と「私は結果」の戦いだったと思います。
 


2006年5月26日 09:05 | 投稿者:森田 健(もりけん)

巌流島・・「私は結果」がなぜ強い?

 小次郎が対戦してきた相手は、「私は原因」の人ばかりだったと思います。「技」だけの勝負だったと思うからです。
 小次郎はずっとそれで勝ち続けてきました。
 
 彼は巌流島で初めて武蔵と対戦します。
 吉川英治の原作にはなく、NHKのドラマではこんなことを言うシーンがありました。
 
「そんな物(櫂)で俺に勝てると思うか?」
 
 小次郎が「私は結果」に初めて対面した場面だと思います。彼は「私は結果」をバカにしました。
 
 そりゃあそうです。長い刀と木刀(櫂)とを比べれば、刀が強いに決まっています。
 
 人類は鉄を発明します。それが発明される前は、こん棒でマンモスと戦っていました。しかし鉄が発明され、それが武器になると勝率は一段と上がりました。触れば切れるからです。
 
 小次郎から見れば「そんな物」に見えても仕方がありません。だって歴史を逆戻りするようなものだからです。
 
 ここに「私は結果」のひとつの強みがあると思いました。
 
(続く)


2006年5月27日 09:17 | 投稿者:森田 健(もりけん)

巌流島の客観性と主観性

 武蔵と小次郎は、どちらが客観的で、どちらが主観的だったでしょうか・・。
 
 ちょっと見、小次郎が主観的に見えます。なぜなら自分の技の世界に埋没したからです。
 武蔵はと言えば、自分にこだわらず、色々と周囲を探しました。武蔵のほうが客観的に見えます。
 
 しかし・・
 視点を変えてみます。
 
 小次郎は「刀」を捨てることはできません。相手の櫂を「そんな物で俺に勝てると思うか?」とさえ言いました。
 小次郎は現代科学が良しとするものを武器として使用しました。
 これは今の社会の視点からすれば、客観的だと思います。
 
 かたや、武蔵は違います。
 武蔵は世間一般が言うところの科学性など無視しました。
 彼は、「自分の感覚」だけが問題でした。
 だから武蔵のほうが、主観的だと思いませんか?
 
 これが大きく勝敗を分けてしまうポイントだと思います。
 


2006年5月28日 09:22 | 投稿者:森田 健(もりけん)

巌流島・・「場」の勝負

 昨日は、武蔵のほうが主観的で、小次郎のほうが客観的だと書きました。
 
 では、なぜ、主観的のほうが強いのでしょうか・・。
  
 主観的というのは、「場」を取る力だと思うからです。
 主観は、自分が環境を見る目です。
 
 逆に客観は、環境の側から自分を見る目です。
 
「場」というのは、宇宙の中で自分に関する運動方程式だけを切り取ることです(この説明がわからない人は不思議研究所のメインコーナーをご覧下さい。)
 主観的でないと、切り取り不能です。
 
 武蔵は主観的に徹することが出来たから、「場」を自分のものに出来たのです。
 
 小次郎は客観の世界にいたので、「場」を見方につけることが出来ませんでした。
 


2006年5月29日 09:07 | 投稿者:森田 健(もりけん)

巌流島・・「未来での戦い」

 武蔵は、ああでもないか、こうでもないかと、策を巡らしました。
 小次郎はツバメ返しに、一本化しました。
 
 ああでもないか、こうでもないかと策を巡らす事は、カットアンドトライであり、その都度「場」を引き寄せたはずです。
 
 武蔵が「外応」をとらえることができたとすれば、起こりうる未来の予測がついたはずです。
 
 それはあり得ると思いました。
 なぜなら「鳥の声」が聞けたからです。
 
 ということは、巌流島に行く以前から、「未来での戦い」は始まっていたのです。
 
 おそらく・・
 


2006年5月30日 09:07 | 投稿者:森田 健(もりけん)

巌流島・・「私は原因」から迫る

 武蔵はなぜ「未来での戦い」ができたのでしょうか?
 その原因は、彼の生き方にありそうです。
 生き方を変えれば、「未来での戦い」ができるようになる・・まさに「私は原因」からの突っ込みをかけます。
 
 まず、武蔵自身が「未来での戦い」であることを意識していたかという問題があります。
 
 私はあると思います。
 なぜなら以下のやりとりをしたからです。 
 
「きょうの試合は、すでに勝負があった。汝の負けと見えたぞ」
 
「なにをもって」
 
「勝つ身であれば、なんで鞘を投げ捨てむ。鞘は、汝の天命を投げ捨てた」
 
 武蔵は他の試合でも、この手をよく使いました。
 それは「未来」と「現在」がどこかでリンクしていたと思っていたはずです。
 
 ということは、「自分が勝つ」のではなく、「自分を取り巻く環境が勝つ」と思っていた・・。
 
 しかし小次郎は「自分が勝つ」と思っていた・・。
 
 この生き方の相違を作ったのは、いったい何か・・
 
(続く)


2006年5月31日 09:05 | 投稿者:森田 健(もりけん)