巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」

 
 武蔵はなぜ「未来の戦い」が出来たのか、武蔵の内面から迫ってみます。
 
 NHKのドラマでは、武蔵は最初叫んでいました。
 
「俺は強い、俺は強い!!」
 
 しかし、まだちっとも強くありません(汗)
「俺は強い」というのは、自分で自分に暗示をかけているように思えます。
 リングに上がろうとするボクサーに、コーチたちがやることです。
「お前は強い」・・と
 
 しかしNHKはその手法を取りません。
 村から出てきた武蔵は、お城の中で修行を重ねますが、そのコーチ(お坊さん)から次のように言われます。
 
「お前は弱い、お前は弱い」
 
 そう言われながら、武蔵は床にたたきつけられます。
 面目もプライドも丸つぶれです。
 
 これが原因なのではないでしょうか・・
 
(続く)


2006年06月01日 09:43 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (31)

巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」2

 NHKのドラマでは、武蔵の父親を、ビートたけしが演じました。
 父はまだ幼少の武蔵を庭に連れ出し、木刀で叩きのめしながら
 
「お前は弱い」
 
 と言い続けます。
 しかし武蔵は心の中で「俺は強い」と言い続けます。
 
 お坊さんに叩きのめされるときも、同様です。武蔵は心の中で「俺は強い」と言い続けます。
 
 それがあるとき、言わなくなります。
 
 外から言われ続けた「お前は弱い」・・これがストンと落ちたのだと思います。しかしそこから武蔵は強くなっていきます。
 
 このメカニズムについて、数日引っ張ろうと思います。
 


2006年06月02日 09:30 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (41)

巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

 人を褒めて「成長」させるという手法があります。
 特に子供などに対して行われています。
 
 しかし「武蔵よ、お前は弱い」は、どうでしょうか?
 
 事実を告げているだけだと思います。
 
「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?
 
 武蔵は自分では「俺は強い」と言い続けています。そのそばで「お前は弱い」というのは、事実を正確に見つめろ・・ということだと思います。
 
 長所進展法を推奨する人たちがいます。あれも事実を認めていないと思います。長所というのは、事実ではないからです。
 
 武蔵はひとつの事実を認めたとき、次の事実の世界に入ったのだと思います。その世界は、広大でした。あらゆるものが、事実として存在していました。

 それに対して「褒める」「長所を生かせ」は、どんどん事実とは遠ざかり「自分」の世界に入っていくのでした・・・。


2006年06月03日 09:32 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (36)

巌流島・・褒められた「自分」がコトを成し遂げたと思うからです

 うちには娘がいますが、彼女は小さい頃よく言いました。 
 
「私のことをもっと褒めてよ」
 
 しかし私は、褒めたことがありません。
 褒めたことがないので、娘が上記の愚痴を言うのです(笑)。
 
 今は愚痴を言いません。
 それはなぜかと言えば、「事実」を認めつつあるからだと思います。
 
 褒められて何かをすると、次第に「私は原因」になっていきます。
 褒められた「自分」がコトを成し遂げたと思うからです。
 


2006年06月04日 09:25 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (36)

巌流島・・「お前は弱い」は否定じゃない

 
 子供にポジティブな言葉をかけるという教育法があります。
 それによれば、否定するのは良くないと言います。
 
「お前は弱い」は、否定でしょうか?
 
「お前はダメな人間だ」とは言っていません。良いとも悪いとも言っていません。
 
 しかし世の中には「レベルを上げろ」という人がいます。これほどの「否定」はないのではないでしょうか・・。
 


2006年06月05日 09:16 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (32)

巌流島・・武蔵と小次郎にとっての「私」とは?

 不思議研究所のメインコーナーでは、「運命の中での私とは」というテーマが続いています。
 それでブログでも斬り込んでみることにしました。

 武蔵と小次郎は「私」を、どう捉えていたのでしょうか?
 
 例えば小次郎が勝ったとします。
 彼は、誰かにお礼を言うでしょうか?
 言わないと思います。
 自分の実力で100%勝ったと思うからです。
 
 武蔵もお礼は言わないと思います(笑)。
 でも理由は正反対です。
 言うとすれば、あらゆるものに言ことになると思うからです。
 
 大旦那・・
 佐助・・
 浅瀬の具合・・
 曇らなかったその日の天気・・
 
 小次郎にとって「私」とは、閉じられたもの・・
 
 武蔵にとって「私」とは、開かれたもの・・
 
 たったこれだけの差かも知れません。


2006年06月06日 09:11 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (31)

巌流島・・「感謝」

 世の中にはやたらと「ありがとう」を言う人がいます。
 ああいう人の「私」はどっちでしょうか?
 
 私は小次郎的だと思います。
 なぜなら、「私」が閉じられているから、わざわざ言わないとイケナイのです。
 
 武蔵に協力した人たちは、武蔵から「ありがとう」と言われるためにしたのではないと思います。
 例えば、ありがとうを言う代わりが、武蔵の絵でした。
 
 しかし武蔵も、絵を「人のため」に書いていたのではないような気がします。
 巌流島に行く直前、その絵は、今までの「策略」を何もかも忘れさせてくれたのだと思います。
 
 そのとき武蔵は、別の「流れ」に入っていた・・。あとは無意識に任せよう・・と。
 
 すでに「私」が開かれている人は、「ありがとう100回」言った途端に、閉じるような気がします(笑)。


2006年06月07日 08:48 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (41)

巌流島・・「教える」

 小次郎は、剣術を教える事で食べていました。なのでプロの剣術師でした。
 しかもお城に雇われて、サラリーマンしていました。
 
 しかし私が知る限り、武蔵は剣術で食べてはいなかったと思います。しかも人に教えてはいなかったとも思います。
 
 武蔵は江戸に行ったとき、子供相手に読み書きを教える塾を開いています。お通と一緒に・・です。
 
 かたや小次郎は、剣術を教えることを職業とし始めます。
 
 教えたことが小次郎の敗因かも知れません。
 
しかし教えても、自分をダメにしないタイプもいると思います。それは先生と生徒が対等な関係の時だと思います。その場合、「教える」のではなく「情報を提供する」というのが正しいと思います。
 
 もうひとつ、あります。
 生徒から学ぶという態度です。
 NHKのドラマで小次郎は、生徒をバカにしきっていました。
 挑戦してきた相手に対して
「お前なんか、小刀でたくさんだ」
 と言って、物干し竿すら、抜きませんでした。
 相手は負けますが、屈辱に耐えられず、切腹します。
 
 いわゆる「教える」タイプの人は、自分より「下」の者が来ると、とたんにバカにするようになるのです。
 程度の低いとか言って・・
 


2006年06月08日 09:22 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (33)

巌流島・・センサーという視点から

 巌流島をセンサーという視点から考えてみます。
 というのも、不思議研究所のメインコーナーでは、「私はセンサー」というテーマが始まっているからです。
 それでブログでも斬り込んでみることにしました。
 
 小次郎も武蔵も、センサーを持っていました。
 しかし小次郎がなぜ負けたかといえば、センサーの向け方が問題だったのだと思います。
  
 彼のセンサーは、自分の身体と結びついていました。
 ツバメが飛んでくると、それを察知して、身体を素早く動かします。
 そのためのセンサーでした。
 
 武蔵はどうでしょうか・・・。
 武蔵は身体の外にも向けられていました。
 櫂を見つけて、それを武器とする行動です。
 潮の流れを調べて、出発の時刻を調整することです。
 
 将棋のルールはよく知りませんが、小次郎は王将ひとつで戦ったようです。
 武蔵は、小さな駒も入念に配置したようです。
 
 これはふたりのセンサーの違いだと思いました。
 


2006年06月09日 09:31 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (26)

巌流島・・センサーという視点から2

 武蔵にも小次郎にも、外界からの刺激は同じように降り注いでいました。
 しかし小次郎が「反射」させたのは、「ツバメ」でした。
 
 ツバメに似た動きを察知すると、それを「反射的」に斬るという「反射」です。
 
 武蔵は色々なものを「反射」させていました。
 櫂、太陽、潮の満ち引き、浅瀬の具合・・
 
 これは能力の違いでしょうか?
 それとも盲師派推命占術で言うところの命式の違いでしょうか?
 そうだとすれば、すべて運命で決まっているということになるので、こういう議論そのものが無意味になりそうです。
 
 カリフォルニア工科大学の下条さんによれば、人間には自発的パルスは無いそうです。人間は外からの刺激に受け身的に答えている(「反射させている」)だけなのです。
 
 でも「反射」の角度が変わったら、どうでしょうか?
 時空の側は、別の角度からの信号を受信することになり、その反射波は、今までのものとは違ってくるはずです。
 
 確かに私たちは「受け身的」でした。でも反射の方向を変えるだけで、運命が変わるかも知れないのです。
 
 


2006年06月10日 10:02 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (26)

巌流島・・「反射」の方向を変える

「反射」の方向を変えることについて考えてみます。
 
 小次郎は、「真っ直ぐ」でした(笑)。
 彼は「汚い策略」が嫌いでした。
 なのでツバメ返しだけの方向で反射させていました。
 
**********************
 
「小次郎っ、負けたり!」
 
「なにっ」
 
「きょうの試合は、すでに勝負があった。汝の負けと見えたぞ」
 
「だまれ、なにをもって」
 
「勝つ身であれば、なんで鞘を投げ捨てむ。鞘は、汝の天命を投げ捨てた」
 
「うぬ、たわごとを」
 
***********************
 
 この部分、武蔵は反射を変えていると思います。
 彼はそれがとてもうまいのです。
 
 これをもって「どうせ盲師派推命占術で、命式で決まっていたんだ」と言う人が出るかも知れません。
 しかし外応を察知する能力のあった武蔵だから、一概にそうも言い切れません。
 
 反射を変えるという意味では、出発時刻を過ぎているのに、大旦那と佐助に絵を描いたというのも、そうだと思います。
 
 武蔵とて、何もせずに「遅刻」するのが難しかったのだと思います。
 
 中には「早く終わらせて、早くケリを付けよう。勝ったときのことなど知ったことではない」などと思って、船に乗り込んでしまう人もいそうです(笑)。
 
 しかし武蔵は、「何か」を受信していたような気がします。そしてその受信波を少しだけ変えて反射させたのです。
 それが「絵を描く」ことだったのかも知れません。
 


2006年06月11日 09:07 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (25)

巌流島・・意識を無意識に降ろす

 意識は無意識に降ろさないと、使い物にはならないと思います。
 武蔵はその作業をやっていると思います。
 
「鳥の声を聞け」はまさにそれでした。
 意識で聞いても、ダメなのです。
 
 武蔵はその「練習」をやったのではないかと思います。
「外側」と通じるにはどうすれば良いか・・と思い続けたと思います。
 
 私が富士通に入ったとき「どうすればいいんだ」と思い続けたように・・。
 
 答えは「虚」からキタと思います。
 
 しかし小次郎は「実」と向き合っていました。
 剣豪にとって剣は「実」だからです。
 


2006年06月12日 09:02 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (29)

巌流島・・意識と無意識の通信状態

 武蔵は無意識領域との通信が、とてもうまくいくようになっていたと思います。
 無意識領域がうまくいけば、未来情報をどんどん拾えるようになると思うからです。
 
 無意識領域は、時空の隅々まで行き渡っていると思うからです。
 
 しかしその中にドップリ浸かれば、今度は視野を狭くすると思います。
 小次郎がそうだったと思います。
 彼はツバメのスピードに対して、無意識に反応する部分のみに特化したからです。
 
 この違いを研究することは、これからの人生を生きる上で、とても大切だと思います。
 
 無意識領域の通信と書きましたが、意識も大事なのだと思います。それでなければ「通信」とは言わないからです。
 
 ところで私は六爻占術をやっていますが、「場」を外す気がしません。
 
 小次郎は、巌流島だけを切り取れば、「場」を外していたのだと思います。
 積み上げた経験則だけで対応したのが原因だと思います。
 
 方や武蔵は、今までまったく使ったことの無い武器を使いました。
 そういう意味では、過去に囚われていません。
 
 小次郎はどちらかと言えば、意識の重要性を切り捨てていたような気もします。


2006年06月13日 09:25 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (29)

巌流島・・「弱い」が無意識にタッチ

 意識と無意識の通信状態が大事だと書きました。
 武蔵はなぜ通信状態が良くなったのでしょうか・・。
 それは「弱い」と言われたことに関係があるような気がします。
 
 小次郎は「強い」と褒められてきたのです。
 そして自分でもそう思うようになりました。
 するとその部分だけを伸ばすようになります。
 これを長所進展法と言います。
 
 方や、武蔵はどうでしょうか・・。
 
「弱い」と言われて、分かれ道があると思います。
 ひたすら練習して、弱い部分を強くすることです。
 
 もうひとつは、色々なものを味方に付けることです。
「鳥の声を聞け」がヒントになりました。
 自分の周囲に味方はたくさんいる・・と。
 
 しかしそれは、意識で直接通信することができません。
 武蔵は意識を使いながら、無意識と通信する方法を覚えていったに違いありません。
 
「お前は弱い」+「鳥の声を聞け」は、武蔵を無敵にしていくフレーズだったと思います。
 


2006年06月14日 08:38 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (31)

巌流島・・佐助は無意識層射

 今までの書き込みから言える事は、巌流島はふたりの剣の力の戦いではなかったようです。
 試合の瞬間だけをとらえて、どうこう言えるものではないのです。
 武蔵と小次郎という切り口から、時空がぶつかったのが巌流島だったのだと思います。
 
 さて、佐助はどういう位置づけだったのでしょうか・・・
 
 佐助は、武蔵にとっては無意識層だったと思います。
 たぶん、安心しきって乗っていたと思います。
 
 勝ってから島を離れるときも同様です。
 佐助に身を任せて、ある意味、安心しきって乗っていたと思います。
 
 潮は引き潮だし・・、自然の味方も付いています。
 
 武蔵が佐助に向かって、ああせい、こうせい・・と言っていたらどうでしょうか。
 たぶん佐助も、意識の世界に連れ戻されたと思います。
 そして次は何を言われるかと、そればかりを心配するようになります。
 
 そういう意味では、お互いに「向こう側(無意識領域)」に丸投げできたのも、勝因ではないかと思います。
 


2006年06月15日 09:14 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (24)

巌流島・・大旦那

 佐助を抜擢したのは大旦那です。
 大旦那は出発の時間を気にしています。
 ウロウロして、娘まで呼び出します。
 
 ワールドカップで言えば、武蔵はフォワード、佐助はディフェンス、大旦那は監督といったところでしょう・・。
 
 しかし監督といえども、前にしゃしゃり出てこないところが「無意識的」です。
 
 意識の世界は、みんなしゃしゃり出てきますから・・。
 
 試合の当日は、ゆっくりと時間が流れていきました・・。
 それも無意識的だと思います。
 
 でもみんな「意識している」に違いありません。
 それを口に出さない・・
 出せば「意識」の世界に出てしまうのを知っているからだと思います。
 
 


2006年06月16日 09:19 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (26)

巌流島・・「武士」と「賭博師」

 
 武蔵は櫂を見つけたあと、それを削るとき、深夜に部屋を閉め切って、誰にも見られないように作業したと言われています。
 
 櫂を振る練習とて同じです。誰もいない入り江まで行って、それを振ったと言われています。
 
 かたや、小次郎は・・
 
 彼は海岸の小高い丘で、ツバメ返しを練習しました。
 みんなが下で見ています(目が点)。
 武蔵もそれを見ています(ジーと観察)。
 
 小次郎は手持ちのカードが、ハートの13と、三つ葉の11と、スペードの9と、ダイヤの12と、三つ葉の10であることを、みんなに見せています。
 どうだ、すごいだろう・・と(まあまあ)
 
 武蔵は小次郎と対面したとき、天秤を担ぐように櫂を構えたと言われています。
 長さが分からないようにです。
 
 小次郎は櫂を見て言います。
 
「そんなもので俺が切れると思うか?」
 
 た・・確かに切れません(笑)。
 
 小次郎は武蔵のカードをブタだと思いました。
 
 しかし・・・
 
 武蔵のカードが振り下ろされたときは、もう遅かったのです。
 
 カードはブタではありませんでした。
 
 ハートの13と、三つ葉の11と、スペードの9と、ダイヤの12と、三つ葉の11でした。
 つまりたった一枚のカードが上だっただけでした。
 それでも勝ちは勝ちです。
 
 なぜこれが起こったのでしょうか・・。小次郎ははじめからカードを見せていました。それが武士道だ、それが正々堂々だ・・とか言う言葉に酔って・・。
 
 賭博師かそうでないかが、巌流島の勝敗を決定したのです。
 


2006年06月17日 09:37 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (73)

巌流島・・止めなかった

 
 以下、本文の抜粋です。
 大旦那と娘の会話です
 
*******************
 
「お父様」
 
「お鶴か。・・・何をしているのじゃ」
 
「もうお出ましも間もないかと、武蔵様のワラジを、庭口のほうへ廻して参りました」
 
「まだだよ」
 
「どうなされましたか」
 
「まだ、絵を描いていらっしゃるのだ。・・・・良いのかなあ、あんなにごゆるりしていて」
 
「でも、お父様は、お止めしに行ったんじゃないのですか」
 
「行ったのだが、あの部屋に行くと、妙に、止めるのも悪い気がしてなあ」
 
********************** 
 
 吉川英治の作品をもう一度抜粋したくなりました。それもまだ抜粋していなかった部分を・・・。
 
 ここで止めなかったことが勝因のひとつではないかと思います。
 
 武蔵に対して「止めに行く」ということは、「約束は守ったほうがいい」という正義感からだと思います。
 試合の時刻は、ずっと前から決められていたからです。
 
 でも正義感を優先しなかった・・。
 
 その正義感とは、小次郎が持っている場であった・・・。
 
 止めに行けば、小次郎の場が勝ってしまう・・。


2006年06月21日 09:24 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (36)

巌流島・・卑法の名

 
 吉川英治の原文です。
 
*******************
 
「行ったのだが、あの部屋に行くと、妙に、止めるのも悪い気がしてなあ」
 
 するとどこかで、
 
「太郎左右衛門殿っ、太郎左右衛門っ」
 
 声は、家の外だった。
 庭先の下の干潟へ、細川藩の早舟が一艘、漕ぎ寄せていた。その早舟の上に突っ立っている侍が呼んだのだ。
 
「武蔵殿には、もはや、お出ましなされましたか」
 
 と訪ねた。
 太郎左右衛門(大旦那)が、まだと答えると
 
「では少しも早くご用意を整えて、お出向き下さるよう、お伝え下さい。すでに相手方の佐々木厳流どのにも藩公のお船にて、島へ向かわれたし」
 
「かしこまりました」
 
「くれぐれも、卑法の名をおとりなさらぬよう、老婆心までに一言を・・」
 
 言い終わると、先を急くように早舟はすぐに櫓を返して、漕ぎ去った。
 が、太郎左右衛門もお鶴も、奥の静かな一間を振り向いたのみで、そのまま、わずかな時間を長い気持ちで、縁の端にならんで待っていた。
 
********************
 
 すごいです・・・
 
 大旦那とお鶴・・さすがです。
 
 卑法の名とまで言われても、動こうとはしませんでした。 


2006年06月24日 10:08 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (25)

巌流島・・すべてを捨てた小次郎

 
以下、吉川英治の原文です。
船で巌流島に向かうシーンです。
小次郎側の視点です。
 
************************
 
 厳流は身につけている神仏のお札やら手紙の反古やら、また岩国の母が心をこめて縫った梵字の肌着までを、すべて元来の自己目的以外の物は、みな投げて、潮へ流してしまった。
「さっぱりした」
 と厳流はつぶやいた。
 今の絶対的なものへ向かっていくあの気持ちには、あの人、この人と、思いださるる、情けは絆は、すべて心の曇りになると思った。
 自分に勝たせようと祈ってくれる大勢の人々の好意も、重荷であった。
 
************************
 
 次回は、これに対する武蔵側の行動を書きます。
 
 この対比も、面白いです。
 
 きょうは私のコメントは、ありません。


2006年06月25日 22:20 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (27)

巌流島・・生き方の相違

 
 吉川英治の原文です。
 
********************
 
 父の言いつけで、お鶴が武蔵の身の回りの世話をしていた。
 現に昨夜なども、武蔵が父と夜遅くまで話し込んでいるあいだ、彼女はほかの部屋で編み物などをしていた。それは武蔵が
「試合の当日は、何も支度は要り申さぬが、新しきさらしの肌着だけは整えておきたく思います」
 と何かの折りに言ったので、肌着のみならず黒絹の小袖も帯紐も新しく縫って今朝までに、つしけ糸を抜けばよいように、すべて整えてあるのだった。
 
(ここで数ページ飛びます)
 
 お鶴は、武蔵が支度していた部屋を通った。彼の脱いだ肌着小袖は、彼自身の手で、きちんと畳まれて、隅のみだれ箱に重ねてあった。
 
**********************
 
 ここで以前抜粋した部分を、もう一度載せます。
 
**************************
 
武蔵「佐助」
 
佐助「へい」
 
武蔵「なんぞ着る物はあるまいか。簑でもよいが」
 
佐助「お寒いのでございますか?」
 
武蔵「いや、船縁からしぶきがかかる。背中へかけたいのだ」
 
佐助「てまえの踏んでいる艫板の下に、綿入れが一枚、突っ込んでありますが」
 
武蔵「そうか、借りるぞ」
 
*************************
 
 なんとまあ、自然ではないでしょうか・・。
 もらいすぎて捨てる小次郎に対して、武蔵は周囲の人たちに要求までしています(笑)。 
 どちらも勝つための準備だと思いますが、何かが違うと思いませんか?
 
 武蔵が沢山もらっていたとしても、船の上で捨てないと思います。しかも「さっぱりした」などとは言わないと思います。
 おそらく綺麗にたたんでしまっておくはずです。
 
 小次郎は自分だけで勝てると思っています。周囲はむしろ邪魔モノだと思っています。
 しかし武蔵は違うと思います。彼は、周囲が勝たせてくれる以外、勝つ方法はないと思っています。
 
 時間が押し迫ってやっていたことは、大旦那と佐助に、絵を描くことでした。
 小次郎がそんなことをするでしょうか?
 
 前回の引用をもう一度載せます。
 
****************************

 厳流は身につけている神仏のお札やら手紙の反古やら、また岩国の母が心をこめて縫った梵字の肌着までを、すべて元来の自己目的以外の物は、みな投げて、潮へ流してしまった。
「さっぱりした」
 
****************************
 
 そうなのです。「元来の自己目的以外の物」はみんな不要なのです。
 
 小次郎と武蔵の生き方は180度も違っていたと思います。


2006年06月27日 20:45 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (51)

巌流島・・「我でもなく、他人(ひと)でもなく」

 
 試合を前にして武蔵は絵を描こうとしていました。
 その描写です。
 
***********************
 
 白い紙は、無の天地と見ることができる。一筆の落墨は、たちまち無中に有を生じる。雨を呼ぶことも風を起こすことも自在である。そしてそこに、筆をとった者の心が永遠に画として残る。心に邪があれば邪が、心に惰気があれば惰気が、匠気があれば匠気のあとが覆い隠しようもなくのこる。
 人の肉体は消えても墨は消えない。紙に宿したこころの象はいつまで呼吸していくやら、計りがたい。
 武蔵はそんなこともふと思う。
 が、そんな考えも、画心の妨げである。白紙のような無の境に自分もなろうとする。そして筆持つ手が、我でもなく、他人(ひと)でもなく、心がこころのまま、白い天地に行動するのを待っているような気持ち・・。
 
***********************
 
 「我でもなく、他人(ひと)でもなく」・・というフレーズですが、武蔵には五行の性質が分かっていたのではないでしょうか・・。
 
 自分を生じるものの関係性が・・。
 


2006年06月30日 22:20 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (30)