巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」
武蔵はなぜ「未来の戦い」が出来たのか、武蔵の内面から迫ってみます。
NHKのドラマでは、武蔵は最初叫んでいました。
「俺は強い、俺は強い!!」
しかし、まだちっとも強くありません(汗)
「俺は強い」というのは、自分で自分に暗示をかけているように思えます。
リングに上がろうとするボクサーに、コーチたちがやることです。
「お前は強い」・・と
しかしNHKはその手法を取りません。
村から出てきた武蔵は、お城の中で修行を重ねますが、そのコーチ(お坊さん)から次のように言われます。
「お前は弱い、お前は弱い」
そう言われながら、武蔵は床にたたきつけられます。
面目もプライドも丸つぶれです。
これが原因なのではないでしょうか・・
(続く)
[ 私は誰? ]
2006年06月01日 09:43 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (31)
巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」2
NHKのドラマでは、武蔵の父親を、ビートたけしが演じました。
父はまだ幼少の武蔵を庭に連れ出し、木刀で叩きのめしながら
「お前は弱い」
と言い続けます。
しかし武蔵は心の中で「俺は強い」と言い続けます。
お坊さんに叩きのめされるときも、同様です。武蔵は心の中で「俺は強い」と言い続けます。
それがあるとき、言わなくなります。
外から言われ続けた「お前は弱い」・・これがストンと落ちたのだと思います。しかしそこから武蔵は強くなっていきます。
このメカニズムについて、数日引っ張ろうと思います。
[ 私は誰? ]
2006年06月02日 09:30 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (41)
巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる
人を褒めて「成長」させるという手法があります。
特に子供などに対して行われています。
しかし「武蔵よ、お前は弱い」は、どうでしょうか?
事実を告げているだけだと思います。
「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?
武蔵は自分では「俺は強い」と言い続けています。そのそばで「お前は弱い」というのは、事実を正確に見つめろ・・ということだと思います。
長所進展法を推奨する人たちがいます。あれも事実を認めていないと思います。長所というのは、事実ではないからです。
武蔵はひとつの事実を認めたとき、次の事実の世界に入ったのだと思います。その世界は、広大でした。あらゆるものが、事実として存在していました。
それに対して「褒める」「長所を生かせ」は、どんどん事実とは遠ざかり「自分」の世界に入っていくのでした・・・。
[ 私は誰? ]
2006年06月03日 09:32 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (36)
巌流島・・褒められた「自分」がコトを成し遂げたと思うからです
うちには娘がいますが、彼女は小さい頃よく言いました。
「私のことをもっと褒めてよ」
しかし私は、褒めたことがありません。
褒めたことがないので、娘が上記の愚痴を言うのです(笑)。
今は愚痴を言いません。
それはなぜかと言えば、「事実」を認めつつあるからだと思います。
褒められて何かをすると、次第に「私は原因」になっていきます。
褒められた「自分」がコトを成し遂げたと思うからです。
[ 私は誰? ]
2006年06月04日 09:25 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (36)
巌流島・・「お前は弱い」は否定じゃない
子供にポジティブな言葉をかけるという教育法があります。
それによれば、否定するのは良くないと言います。
「お前は弱い」は、否定でしょうか?
「お前はダメな人間だ」とは言っていません。良いとも悪いとも言っていません。
しかし世の中には「レベルを上げろ」という人がいます。これほどの「否定」はないのではないでしょうか・・。
[ 私は誰? ]
2006年06月05日 09:16 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (32)
巌流島・・武蔵と小次郎にとっての「私」とは?
不思議研究所のメインコーナーでは、「運命の中での私とは」というテーマが続いています。
それでブログでも斬り込んでみることにしました。
武蔵と小次郎は「私」を、どう捉えていたのでしょうか?
例えば小次郎が勝ったとします。
彼は、誰かにお礼を言うでしょうか?
言わないと思います。
自分の実力で100%勝ったと思うからです。
武蔵もお礼は言わないと思います(笑)。
でも理由は正反対です。
言うとすれば、あらゆるものに言ことになると思うからです。
大旦那・・
佐助・・
浅瀬の具合・・
曇らなかったその日の天気・・
小次郎にとって「私」とは、閉じられたもの・・
武蔵にとって「私」とは、開かれたもの・・
たったこれだけの差かも知れません。
[ 私は誰? ]
2006年06月06日 09:11 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (31)
巌流島・・「感謝」
世の中にはやたらと「ありがとう」を言う人がいます。
ああいう人の「私」はどっちでしょうか?
私は小次郎的だと思います。
なぜなら、「私」が閉じられているから、わざわざ言わないとイケナイのです。
武蔵に協力した人たちは、武蔵から「ありがとう」と言われるためにしたのではないと思います。
例えば、ありがとうを言う代わりが、武蔵の絵でした。
しかし武蔵も、絵を「人のため」に書いていたのではないような気がします。
巌流島に行く直前、その絵は、今までの「策略」を何もかも忘れさせてくれたのだと思います。
そのとき武蔵は、別の「流れ」に入っていた・・。あとは無意識に任せよう・・と。
すでに「私」が開かれている人は、「ありがとう100回」言った途端に、閉じるような気がします(笑)。
[ 私は誰? ]
2006年06月07日 08:48 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (41)
巌流島・・「教える」
小次郎は、剣術を教える事で食べていました。なのでプロの剣術師でした。
しかもお城に雇われて、サラリーマンしていました。
しかし私が知る限り、武蔵は剣術で食べてはいなかったと思います。しかも人に教えてはいなかったとも思います。
武蔵は江戸に行ったとき、子供相手に読み書きを教える塾を開いています。お通と一緒に・・です。
かたや小次郎は、剣術を教えることを職業とし始めます。
教えたことが小次郎の敗因かも知れません。
しかし教えても、自分をダメにしないタイプもいると思います。それは先生と生徒が対等な関係の時だと思います。その場合、「教える」のではなく「情報を提供する」というのが正しいと思います。
もうひとつ、あります。
生徒から学ぶという態度です。
NHKのドラマで小次郎は、生徒をバカにしきっていました。
挑戦してきた相手に対して
「お前なんか、小刀でたくさんだ」
と言って、物干し竿すら、抜きませんでした。
相手は負けますが、屈辱に耐えられず、切腹します。
いわゆる「教える」タイプの人は、自分より「下」の者が来ると、とたんにバカにするようになるのです。
程度の低いとか言って・・
[ 私は誰? ]
2006年06月08日 09:22 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (33)
巌流島・・センサーという視点から
巌流島をセンサーという視点から考えてみます。
というのも、不思議研究所のメインコーナーでは、「私はセンサー」というテーマが始まっているからです。
それでブログでも斬り込んでみることにしました。
小次郎も武蔵も、センサーを持っていました。
しかし小次郎がなぜ負けたかといえば、センサーの向け方が問題だったのだと思います。
彼のセンサーは、自分の身体と結びついていました。
ツバメが飛んでくると、それを察知して、身体を素早く動かします。
そのためのセンサーでした。
武蔵はどうでしょうか・・・。
武蔵は身体の外にも向けられていました。
櫂を見つけて、それを武器とする行動です。
潮の流れを調べて、出発の時刻を調整することです。
将棋のルールはよく知りませんが、小次郎は王将ひとつで戦ったようです。
武蔵は、小さな駒も入念に配置したようです。
これはふたりのセンサーの違いだと思いました。
[ 私は誰? ]
2006年06月09日 09:31 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (26)
巌流島・・センサーという視点から2
武蔵にも小次郎にも、外界からの刺激は同じように降り注いでいました。
しかし小次郎が「反射」させたのは、「ツバメ」でした。
ツバメに似た動きを察知すると、それを「反射的」に斬るという「反射」です。
武蔵は色々なものを「反射」させていました。
櫂、太陽、潮の満ち引き、浅瀬の具合・・
これは能力の違いでしょうか?
それとも盲師派推命占術で言うところの命式の違いでしょうか?
そうだとすれば、すべて運命で決まっているということになるので、こういう議論そのものが無意味になりそうです。
カリフォルニア工科大学の下条さんによれば、人間には自発的パルスは無いそうです。人間は外からの刺激に受け身的に答えている(「反射させている」)だけなのです。
でも「反射」の角度が変わったら、どうでしょうか?
時空の側は、別の角度からの信号を受信することになり、その反射波は、今までのものとは違ってくるはずです。
確かに私たちは「受け身的」でした。でも反射の方向を変えるだけで、運命が変わるかも知れないのです。
[ 私は誰? ]
2006年06月10日 10:02 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (26)
巌流島・・「反射」の方向を変える
「反射」の方向を変えることについて考えてみます。
小次郎は、「真っ直ぐ」でした(笑)。
彼は「汚い策略」が嫌いでした。
なのでツバメ返しだけの方向で反射させていました。
**********************
「小次郎っ、負けたり!」
「なにっ」
「きょうの試合は、すでに勝負があった。汝の負けと見えたぞ」
「だまれ、なにをもって」
「勝つ身であれば、なんで鞘を投げ捨てむ。鞘は、汝の天命を投げ捨てた」
「うぬ、たわごとを」
***********************
この部分、武蔵は反射を変えていると思います。
彼はそれがとてもうまいのです。
これをもって「どうせ盲師派推命占術で、命式で決まっていたんだ」と言う人が出るかも知れません。
しかし外応を察知する能力のあった武蔵だから、一概にそうも言い切れません。
反射を変えるという意味では、出発時刻を過ぎているのに、大旦那と佐助に絵を描いたというのも、そうだと思います。
武蔵とて、何もせずに「遅刻」するのが難しかったのだと思います。
中には「早く終わらせて、早くケリを付けよう。勝ったときのことなど知ったことではない」などと思って、船に乗り込んでしまう人もいそうです(笑)。
しかし武蔵は、「何か」を受信していたような気がします。そしてその受信波を少しだけ変えて反射させたのです。
それが「絵を描く」ことだったのかも知れません。
[ 私は誰? ]
2006年06月11日 09:07 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (25)
巌流島・・意識を無意識に降ろす
意識は無意識に降ろさないと、使い物にはならないと思います。
武蔵はその作業をやっていると思います。
「鳥の声を聞け」はまさにそれでした。
意識で聞いても、ダメなのです。
武蔵はその「練習」をやったのではないかと思います。
「外側」と通じるにはどうすれば良いか・・と思い続けたと思います。
私が富士通に入ったとき「どうすればいいんだ」と思い続けたように・・。
答えは「虚」からキタと思います。
しかし小次郎は「実」と向き合っていました。
剣豪にとって剣は「実」だからです。
[ 私は誰? ]
2006年06月12日 09:02 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (29)
巌流島・・意識と無意識の通信状態
武蔵は無意識領域との通信が、とてもうまくいくようになっていたと思います。
無意識領域がうまくいけば、未来情報をどんどん拾えるようになると思うからです。
無意識領域は、時空の隅々まで行き渡っていると思うからです。
しかしその中にドップリ浸かれば、今度は視野を狭くすると思います。
小次郎がそうだったと思います。
彼はツバメのスピードに対して、無意識に反応する部分のみに特化したからです。
この違いを研究することは、これからの人生を生きる上で、とても大切だと思います。
無意識領域の通信と書きましたが、意識も大事なのだと思います。それでなければ「通信」とは言わないからです。
ところで私は六爻占術をやっていますが、「場」を外す気がしません。
小次郎は、巌流島だけを切り取れば、「場」を外していたのだと思います。
積み上げた経験則だけで対応したのが原因だと思います。
方や武蔵は、今までまったく使ったことの無い武器を使いました。
そういう意味では、過去に囚われていません。
小次郎はどちらかと言えば、意識の重要性を切り捨てていたような気もします。
[ 私は誰? ]
2006年06月13日 09:25 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (29)
巌流島・・「弱い」が無意識にタッチ
意識と無意識の通信状態が大事だと書きました。
武蔵はなぜ通信状態が良くなったのでしょうか・・。
それは「弱い」と言われたことに関係があるような気がします。
小次郎は「強い」と褒められてきたのです。
そして自分でもそう思うようになりました。
するとその部分だけを伸ばすようになります。
これを長所進展法と言います。
方や、武蔵はどうでしょうか・・。
「弱い」と言われて、分かれ道があると思います。
ひたすら練習して、弱い部分を強くすることです。
もうひとつは、色々なものを味方に付けることです。
「鳥の声を聞け」がヒントになりました。
自分の周囲に味方はたくさんいる・・と。
しかしそれは、意識で直接通信することができません。
武蔵は意識を使いながら、無意識と通信する方法を覚えていったに違いありません。
「お前は弱い」+「鳥の声を聞け」は、武蔵を無敵にしていくフレーズだったと思います。
[ 私は誰? ]
2006年06月14日 08:38 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (31)
巌流島・・佐助は無意識層射
今までの書き込みから言える事は、巌流島はふたりの剣の力の戦いではなかったようです。
試合の瞬間だけをとらえて、どうこう言えるものではないのです。
武蔵と小次郎という切り口から、時空がぶつかったのが巌流島だったのだと思います。
さて、佐助はどういう位置づけだったのでしょうか・・・
佐助は、武蔵にとっては無意識層だったと思います。
たぶん、安心しきって乗っていたと思います。
勝ってから島を離れるときも同様です。
佐助に身を任せて、ある意味、安心しきって乗っていたと思います。
潮は引き潮だし・・、自然の味方も付いています。
武蔵が佐助に向かって、ああせい、こうせい・・と言っていたらどうでしょうか。
たぶん佐助も、意識の世界に連れ戻されたと思います。
そして次は何を言われるかと、そればかりを心配するようになります。
そういう意味では、お互いに「向こう側(無意識領域)」に丸投げできたのも、勝因ではないかと思います。
[ 私は誰? ]
2006年06月15日 09:14 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (24)
巌流島・・大旦那
佐助を抜擢したのは大旦那です。
大旦那は出発の時間を気にしています。
ウロウロして、娘まで呼び出します。
ワールドカップで言えば、武蔵はフォワード、佐助はディフェンス、大旦那は監督といったところでしょう・・。
しかし監督といえども、前にしゃしゃり出てこないところが「無意識的」です。
意識の世界は、みんなしゃしゃり出てきますから・・。
試合の当日は、ゆっくりと時間が流れていきました・・。
それも無意識的だと思います。
でもみんな「意識している」に違いありません。
それを口に出さない・・
出せば「意識」の世界に出てしまうのを知っているからだと思います。
[ 私は誰? ]
2006年06月16日 09:19 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (26)
巌流島・・「武士」と「賭博師」
武蔵は櫂を見つけたあと、それを削るとき、深夜に部屋を閉め切って、誰にも見られないように作業したと言われています。
櫂を振る練習とて同じです。誰もいない入り江まで行って、それを振ったと言われています。
かたや、小次郎は・・
彼は海岸の小高い丘で、ツバメ返しを練習しました。
みんなが下で見ています(目が点)。
武蔵もそれを見ています(ジーと観察)。
小次郎は手持ちのカードが、ハートの13と、三つ葉の11と、スペードの9と、ダイヤの12と、三つ葉の10であることを、みんなに見せています。
どうだ、すごいだろう・・と(まあまあ)
武蔵は小次郎と対面したとき、天秤を担ぐように櫂を構えたと言われています。
長さが分からないようにです。
小次郎は櫂を見て言います。
「そんなもので俺が切れると思うか?」
た・・確かに切れません(笑)。
小次郎は武蔵のカードをブタだと思いました。
しかし・・・
武蔵のカードが振り下ろされたときは、もう遅かったのです。
カードはブタではありませんでした。
ハートの13と、三つ葉の11と、スペードの9と、ダイヤの12と、三つ葉の11でした。
つまりたった一枚のカードが上だっただけでした。
それでも勝ちは勝ちです。
なぜこれが起こったのでしょうか・・。小次郎ははじめからカードを見せていました。それが武士道だ、それが正々堂々だ・・とか言う言葉に酔って・・。
賭博師かそうでないかが、巌流島の勝敗を決定したのです。
[ 私は誰? ]
2006年06月17日 09:37 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (73)
巌流島・・止めなかった
以下、本文の抜粋です。
大旦那と娘の会話です
*******************
「お父様」
「お鶴か。・・・何をしているのじゃ」
「もうお出ましも間もないかと、武蔵様のワラジを、庭口のほうへ廻して参りました」
「まだだよ」
「どうなされましたか」
「まだ、絵を描いていらっしゃるのだ。・・・・良いのかなあ、あんなにごゆるりしていて」
「でも、お父様は、お止めしに行ったんじゃないのですか」
「行ったのだが、あの部屋に行くと、妙に、止めるのも悪い気がしてなあ」
**********************
吉川英治の作品をもう一度抜粋したくなりました。それもまだ抜粋していなかった部分を・・・。
ここで止めなかったことが勝因のひとつではないかと思います。
武蔵に対して「止めに行く」ということは、「約束は守ったほうがいい」という正義感からだと思います。
試合の時刻は、ずっと前から決められていたからです。
でも正義感を優先しなかった・・。
その正義感とは、小次郎が持っている場であった・・・。
止めに行けば、小次郎の場が勝ってしまう・・。
[ 私は誰? ]
2006年06月21日 09:24 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (36)
巌流島・・卑法の名
吉川英治の原文です。
*******************
「行ったのだが、あの部屋に行くと、妙に、止めるのも悪い気がしてなあ」
するとどこかで、
「太郎左右衛門殿っ、太郎左右衛門っ」
声は、家の外だった。
庭先の下の干潟へ、細川藩の早舟が一艘、漕ぎ寄せていた。その早舟の上に突っ立っている侍が呼んだのだ。
「武蔵殿には、もはや、お出ましなされましたか」
と訪ねた。
太郎左右衛門(大旦那)が、まだと答えると
「では少しも早くご用意を整えて、お出向き下さるよう、お伝え下さい。すでに相手方の佐々木厳流どのにも藩公のお船にて、島へ向かわれたし」
「かしこまりました」
「くれぐれも、卑法の名をおとりなさらぬよう、老婆心までに一言を・・」
言い終わると、先を急くように早舟はすぐに櫓を返して、漕ぎ去った。
が、太郎左右衛門もお鶴も、奥の静かな一間を振り向いたのみで、そのまま、わずかな時間を長い気持ちで、縁の端にならんで待っていた。
********************
すごいです・・・
大旦那とお鶴・・さすがです。
卑法の名とまで言われても、動こうとはしませんでした。
[ 私は誰? ]
2006年06月24日 10:08 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (25)
巌流島・・すべてを捨てた小次郎
以下、吉川英治の原文です。
船で巌流島に向かうシーンです。
小次郎側の視点です。
************************
厳流は身につけている神仏のお札やら手紙の反古やら、また岩国の母が心をこめて縫った梵字の肌着までを、すべて元来の自己目的以外の物は、みな投げて、潮へ流してしまった。
「さっぱりした」
と厳流はつぶやいた。
今の絶対的なものへ向かっていくあの気持ちには、あの人、この人と、思いださるる、情けは絆は、すべて心の曇りになると思った。
自分に勝たせようと祈ってくれる大勢の人々の好意も、重荷であった。
************************
次回は、これに対する武蔵側の行動を書きます。
この対比も、面白いです。
きょうは私のコメントは、ありません。
[ 私は誰? ]
2006年06月25日 22:20 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (27)
巌流島・・生き方の相違
吉川英治の原文です。
********************
父の言いつけで、お鶴が武蔵の身の回りの世話をしていた。
現に昨夜なども、武蔵が父と夜遅くまで話し込んでいるあいだ、彼女はほかの部屋で編み物などをしていた。それは武蔵が
「試合の当日は、何も支度は要り申さぬが、新しきさらしの肌着だけは整えておきたく思います」
と何かの折りに言ったので、肌着のみならず黒絹の小袖も帯紐も新しく縫って今朝までに、つしけ糸を抜けばよいように、すべて整えてあるのだった。
(ここで数ページ飛びます)
お鶴は、武蔵が支度していた部屋を通った。彼の脱いだ肌着小袖は、彼自身の手で、きちんと畳まれて、隅のみだれ箱に重ねてあった。
**********************
ここで以前抜粋した部分を、もう一度載せます。
**************************
武蔵「佐助」
佐助「へい」
武蔵「なんぞ着る物はあるまいか。簑でもよいが」
佐助「お寒いのでございますか?」
武蔵「いや、船縁からしぶきがかかる。背中へかけたいのだ」
佐助「てまえの踏んでいる艫板の下に、綿入れが一枚、突っ込んでありますが」
武蔵「そうか、借りるぞ」
*************************
なんとまあ、自然ではないでしょうか・・。
もらいすぎて捨てる小次郎に対して、武蔵は周囲の人たちに要求までしています(笑)。
どちらも勝つための準備だと思いますが、何かが違うと思いませんか?
武蔵が沢山もらっていたとしても、船の上で捨てないと思います。しかも「さっぱりした」などとは言わないと思います。
おそらく綺麗にたたんでしまっておくはずです。
小次郎は自分だけで勝てると思っています。周囲はむしろ邪魔モノだと思っています。
しかし武蔵は違うと思います。彼は、周囲が勝たせてくれる以外、勝つ方法はないと思っています。
時間が押し迫ってやっていたことは、大旦那と佐助に、絵を描くことでした。
小次郎がそんなことをするでしょうか?
前回の引用をもう一度載せます。
****************************
厳流は身につけている神仏のお札やら手紙の反古やら、また岩国の母が心をこめて縫った梵字の肌着までを、すべて元来の自己目的以外の物は、みな投げて、潮へ流してしまった。
「さっぱりした」
****************************
そうなのです。「元来の自己目的以外の物」はみんな不要なのです。
小次郎と武蔵の生き方は180度も違っていたと思います。
[ 私は誰? ]
2006年06月27日 20:45 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (51)
巌流島・・「我でもなく、他人(ひと)でもなく」
試合を前にして武蔵は絵を描こうとしていました。
その描写です。
***********************
白い紙は、無の天地と見ることができる。一筆の落墨は、たちまち無中に有を生じる。雨を呼ぶことも風を起こすことも自在である。そしてそこに、筆をとった者の心が永遠に画として残る。心に邪があれば邪が、心に惰気があれば惰気が、匠気があれば匠気のあとが覆い隠しようもなくのこる。
人の肉体は消えても墨は消えない。紙に宿したこころの象はいつまで呼吸していくやら、計りがたい。
武蔵はそんなこともふと思う。
が、そんな考えも、画心の妨げである。白紙のような無の境に自分もなろうとする。そして筆持つ手が、我でもなく、他人(ひと)でもなく、心がこころのまま、白い天地に行動するのを待っているような気持ち・・。
***********************
「我でもなく、他人(ひと)でもなく」・・というフレーズですが、武蔵には五行の性質が分かっていたのではないでしょうか・・。
自分を生じるものの関係性が・・。
[ 私は誰? ]

