偽物と本物
今私がいるのは、中国では「偽物の原産地」と呼ばれてる場所です。
どんな製品にしろ、偽物を作って売りさばくのがこの街です(笑)。
しかしほとんどの人は、偽物に気付かないで買うそうです(笑)。
水着とか、海に入って初めて「紙」であることに気付くのだそうです(笑)。
しかしトラさんは言いました。
「それは本物を作るよりも技術がいることです」・・と(爆)
そうなのです。
この街はその技術力が買われて、現在、「本物」の世界でも頭角を現してきたのです。
業界人たちは言っているそうです。
「彼らを『本物』の世界に引き出したのは、間違いだった」・・と(笑)
本物以上に本物を作る彼らには、本物を作るほうが簡単だったのです(爆)。
ところで本物か偽物かを見破る方法があるそうです。
偽物は「これは本物ですよ」という一言が、ふと出てしまうのだそうです(笑)。
「これは偽物かも知れませんよ」と言われたとき、見破るのが一番難しいのです。
さて、人生の「本物」「偽物」って一体何でしょうか?
「本物の人生を生きましょう」と言われたとき、どうすれば良いのでしょうか?
[ 私は誰? ]
2006年07月18日 09:11 | 投稿者:森田 健(もりけん)
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>偽物と本物
これはホンモノです!というのに、弱かった時期があります(汗)
少々高くても、ホンモノといわれるものに惹かれてしまっていました。
そのころは、ウソはだめと思っていた時期でもあります・・。
でも、視点をぐっと引けば、何が本物で何が偽物か、わからなくなってきます。
実際、偽物を作る方が技術がいる・・とのこと。
そんな高い技術で作られた偽物こそ本物のようにも思えてきます。
「これは本物ですよ」といったら見破られ、「これは偽物かも知れませんよ」といったら、見破られない・・というのは、一見逆のように思えます。
人は・・人を疑うようにできてるんだろうかと思ってしまいました。
というか、自分で決めたいのかも、と思いました。
「本物です」といわれたら、「いや違う、偽物だ」と、「偽物かも」といわれたら、「いや、本物にちがいない」と、自分で決めたいのではないか・・・
「本物の人生を生きる」って・・もし、運命が決まっているとすれば、全く意味のない言葉のように思えてきました。
自分から見て、また他人から見て、本物と思おうが、偽物と思おうが、もうそのとおり生きるしかないのだから・・
でも、よく言われてると思います・・こういうこと・・。
それは、やはりほとんどの人が「私は原因」だから、自分で本物の人生(と思われるもの)を選べると思っているのかも・・と思います。
投稿者:みっく | 2006年07月24日 06:43
「これは本物ですよ」・・
気をつけようと思いました(笑)
確かに、怪しい〜です。
「本物の人生を生きましょう」・・
偽物の香りがプンプンします。
投稿者:まる | 2006年07月23日 22:56
作る側にしてみたら三流ブランドをコピー
しても一流ブランドをコピーしても手間は同じだと思います。そうすると需要が多く誰にでも名前の知られた出来るだけ高価な一流品の模造が一番割りがいいのではないかと思います。そして自分自身は、偽のローレックスやヴィトンを売りさばいたお金で、ホンモノのローレックスやベンツ、エルメスなどを買うのでしょう。そういうことになると、まねをされる側は、損するばかりで一見、とんだ災難です。
でも本当にそうでしょうか?これだけの技術があるのなら、いっそのこと、最終工程以外の行程をこの偽者業者に委託して(法律的なことはよく知りませんがメイドインチャイナという文字がつかないように(汗))、貴重な経営資源の大半を新製品の開発に振り向けたらいいのではないかと思いました。そして新たに開発した製品の製造に専念し、既存の定番やベストセラーのものなどは、偽者業者に製造委託するのが良いと思います。委託で製造しても、消費者はわからないかもしれません。消費者も品質が同じなら、べつにツケを払わされているわけでもありません。
一方、偽者業者は安定した納入先を確保し、合法的に、販路やマーケティングを気にすることなく、ひたすら技術を磨いて製造に専念できます。
このように偽者が本物になるというのが一番良いのではないでしょうか。
あるいは、言い方を変えると、本物が既存マーケットから出て行き、偽者が既存マーケットで大いに栄えるのが一番良いと思います。
投稿者:ナイル | 2006年07月23日 22:30
>偽物と本物
境界線が怪しくなってきたというか、定義?としての純正本物とか純正偽物とかデジタル感だと20%ミックスとか、自然界の人間を究極考えると純正肉100%とか(汗)でカテゴリー終了でも良さそうですが、例えばパブリックモードはノーマルでも実は愉快犯癖があってネットの世界で顔バレなきゃOK♪みたいな人は本物かと
か、国益に関わっていて優秀で親切だけれども、趣味でヨガをやっていて突然空中浮上できちゃったら、その人は異端なまなざしで見られてしまうのかとか、朝からフツフツと妄想です
ナマ未来情報を中国紀行で毎日体験していると、この私の生活圏では信じられないことマックスなので、思考のバリアがマジ果てそうです
投稿者:ミル | 2006年07月21日 09:27
あ〜〜。。もしかしたら。。。
内側のシンクロが強くなってきてるのかもと。。おもいましたああ。。ということは、陰陽の向きが変わってきたのかもしれません。。。向きが変われば。。。シェルターでおおわれるので。。。自然に。。。無限大広がりに。。繋がるかんじがしまっすううう〜〜♪♪
投稿者:バニー | 2006年07月20日 22:12
>偽物と本物
本物というのは、私が原因のような強気な姿勢のようなです
これだけ中国紀行で、未来のことがビシバシ語られ、しかもデジタルに
哲学チックな思考を仮に本物とするなら、「私」は固定しまくり感です
未来が解るというのは、「私は結果」でもうある運命に乗ってる感です
「本物」と「偽物」は、この世限定規格のようで(汗)あまり哲学チックに声を大にして言うのは、占いナマ情報の前では、本当に意味ない(メインぱくり)と思いました
投稿者:ミル | 2006年07月20日 21:14
さて、人生の「本物」「偽物」って一体何でしょうか?
「本物」「偽物」って、選別する事だと思います。
例えば、ダイアモンドとガラス玉。「本物」は、広く社会的に定義されています。
>「本物の人生を生きましょう」
「本物の人生」って、何でしょう?そして、それはみんなに共通の定義を持てるものでしょうか?
ブログの一連の流れの中で、70、80パーセント運命は決まっているから、運命は決まっていてもどう感じるかは別だ。そして、トラさんや時空全体のパーツとして、喜びや悲しみも織り込んだ中国版アガスティアの葉の話し。
あるがまま顕在は、現れ続ける。全てをよしとして。
「あるがまま」、この言葉がぴったりきました。
一部を選別して、「本物の人生」と「偽物の人生」を何故、作り出すのでしょう。
目前の善に感動し、目前の悪に憤りを感じる。善を振りかざして、いい子ぶりっ子せず、悪に開き直って、悪ぶらず、800年前から書かれていたシンプルな喜怒哀楽が「あるがまま」なのではないかと思います。
作為は、例えば終末思想や意味付けのように、昔から現れては消えていく幻のあだ花の様なものだと思います。実を結ぶ事はないのではないでしょうか。
だから、敢えて言えば、「本物の人生を行きましょう」と言うのが偽物だと思います。
投稿者:yuyu | 2006年07月20日 17:18
中国紀行。。シンクロ。。などなど。。
チョット。。ずれてるかもしれませんが。。。もりけんさんのマシンガントークの波動のグラフを思いだしましたああ。。宇宙の終わりを仮定すると。。過去からのグラフと瞬間のグラフと。。シンクロ。。共振し始めるものでっすうう。。。せっぱつまった感が。。仮の終わりと。。折り返し無限大へのシフトと。。両方かみしてるので。。沖しあって。。無限大に。。沖がかかってる感ありまっすうう。。う〜〜ん。。やはり〜〜。。。自爆するかもしれませんが〜〜。。ここは。。。余力をのこしては。。。いけませんん。。
投稿者:バニー | 2006年07月20日 10:14
>偽物と本物
いくら考えても底なしです(泣)
>本物と偽者
とりあえず「自由」とか「私は誰?」でくくって、そこの範疇以外というか異物というか、それ合体のバランス感が「私」なのかもと思ったりします
いま中国から占いの世界を、プチ模倣体験状態が続いていると、「私」感の外側の「情報」というものがが圧倒的刺激になって襲われる感です
「私は誰?」と「自由」を片手に(汗)そして、いま中国からのナマもの情報、それって運命のかぎ?(驚)体験と刺激濃密世界で果てないようパワーアップして、コアな世界にイきたいです
>本物と偽者
深い〜です
投稿者:ミル | 2006年07月20日 09:14
あっ すみません(汗)
下のタイトルは >偽物と本物
です。
↓
投稿者:さえ | 2006年07月20日 00:55
開設おめでとうございます
普通の靴に見せかけといて…紙で出来ているというのは驚きです。
一見、皮のように見えたら紙製と書かなければ…騙してないことになり
雨に会わなければ靴として満足して、騙されたと思わないです。
たぶん、普通の製品よりも安価だと思うので
最後までわからなければ、ハッピーです。
金額があまりに大きいものは訴えられるかもしれませんが
こういう日常品などは、販売数量の多さの積み重ねが大きな
利益を生み出していくんだなと思いました。
偽者を本物と見分けがつかないくらいの技術は
罪悪感なんか持っていたら生み出せないのかもしれない…と思いました。
もし、人生に本物と偽物の生き方があったとしたら…
天使の思考と悪魔の思考に
もとづいて行動することかなと考えてみました。
人は常に二つの思考が存在するので
どちらも本物で 自分から出たものだから
本物の人生を生きましょう…と言われても困ると思いました。
むしろ、天使のつもりでいるのに悪魔になっていたり
悪魔のつもりでいるのに天使になってしまったり…
そういうことの方が多いと思うので、本物、偽物の区別なんて
本当は存在しないのかもしれないと思いました。
投稿者:さえ | 2006年07月20日 00:49
本物でも偽物でもいい
って、昨日書いたけど・・
同じものがあったとき、「こっちが本物です」って言われると、そっちを取ると思います(汗)
やっぱり、「本物」って言葉に弱いなぁって思いました。こう思う私って、まだまだなって思います。
投稿者:モカ | 2006年07月19日 22:54
「私は結果」
から考えると、私は「シナリオ」どおりに行動しているわけで、つまりシナリオのコピーだといえます。一瞬一瞬をスライスしてつなぎ合わせているだけ。。
もともとの筋書きは「原因の世界」にあるのですから。とするば、この時空の中のものにオリジナルは存在しないのかもしれません。
投稿者:なみ | 2006年07月19日 20:17
偽者と本物
お土産で貰った小銭入れがあります。最初はコピーなんて持つの嫌だなと思ってほって置いたのですが、見れば見るほど可愛くて、そして使ってみたら、本当に使いやすく、しかも、本物にはそのデザインがなく、、、
こうなると、私にとって、本物以上です。
偽者の人生なんて分かりませんが、もし、「私の人生は偽者よ」なんて思っている人がいるなら、本物よりも、よく生きることです。
本物以上になると思います。
こうなると、やはり、本物と偽者の区別がつかなくなり、
最後に思ったのは、”偽者なら本物を抜け”ということです。
投稿者:すーりん | 2006年07月19日 19:40
>偽物と本物
本物という時、借り物ではないという意味がくっついてくる気がします。
しかし、私が誰か分からないのに「借り物」かどうかも分からないと思います。
人生が9000個の文字表現の組み合わせで分かってしまうことが明らかになりました。
この世はオリジナルはなくリミックスばかりが集まっているだけなのかもしれません。
本物・偽物の人生について「私は誰か」の問いに答えられない人から説かれるのは、非常にこっけいにしか思えません。
投稿者:でるた | 2006年07月19日 17:40
>偽者と本物
表裏一体のもののような気がします。本物が先できてそれより優れた偽者、コインの表と裏、善と悪、対になってお互いに反発しあって引き合って、視点を変えればどちらがどちらかわからなくなってしまうような感もあります。明と暗そして一周して戻ってしまう、どちらだけでは、成り立たないし、そちらも必要だと思いました。昔ウエラーズというレゲエバンドのギタリストが日本にきてエフェクターを忘れました、関係者にアメリカ制のものがいかにすごくて、日本制はパクリで偽者だとか散々言って、日本制も楽器屋が持ってきて値段が5分の1でエフエクト幅も広いのに驚いて結局それを買ったそうです、そのあと周りの人間に日本制の良さを散々言ったそうです。この話しとても好きな話だったんですが、それを久しぶりに思い出しました。(笑)
投稿者:yk | 2006年07月19日 10:05
大富豪になるくらい稼げるのだから技術はすごいものなのだと思います。
モノが良くて品質が同じなら安く手に張ったほうがお得です。
この場合の本物はネームバリューだけですから。。。
しかし。。。紙の水着とはなんておもしろい(爆)
ナイスバディの人が着るなら許そう(爆)
日本でも紙の下着がありますが数回洗えるので旅行には良いと申しておりました。
もりけんさんも旅行の際は利用すると荷物が減るのでは・・・なんちゃって。
投稿者:935 | 2006年07月19日 09:04
>「彼らを『本物』の世界に引き出したのは、間違いだった」・・と(笑)
人生における本物って…自称「本物」というだけだったりして…今日のブログは拝見しててなにやらケムに巻かれるようです。ドロンパ。何が本物?と聞かれたら…なにもかも違う気がする。本物ってなんのこと?という感じがします。
>「これは偽物かも知れませんよ」
じゃぁ偽物ってなんなんだろう…あーなんか渦に飲まれてくみたいな気分がします。本物も偽物も…思った途端逃げてく気がします。本物と偽物もきめてるラインはなになのっておもうし…それを感じてるのは誰なのって思いました。
投稿者:和佳 | 2006年07月19日 00:57
>偽物と本物
ブツ(物理法則的なもの)の本物と偽物というのは、決められた運命の世界ではあまり、関係ないのかと思いました。
そこに良い悪いの分別はつけられないのかと思いました。
つけなくてもいいのかと思いました。
偽物を作る技術力というのは、努力という言葉が似合わない気がしました。
努力が存在するなら、右に習え的思考で「本物」をどれだけたくさんの人に売るかを考えてしまうのかと思います。
偽物を売り出すという考えは普通考えられないと思います。
どうしても罪悪感なんかを持ってしまうからだと思います。
だけど、偽物を売ろうというひらめきが浮かびそれにより、大きく成長して待った待ちは「風のように」だったのかと思いました。
>さて、人生の「本物」「偽物」って一体何でしょうか?
これは区分けはできないのかと思いました。
ましてや、本物も偽物もないのだろうと思いました。
ただ単に定められた運命という流れに乗って、生きることが人生なのだと思います・・・
投稿者:しん | 2006年07月19日 00:18
>「本物の人生を生きましょう」と言われたとき、どうすれば良いのでしょうか?
今の私は、「時空」の決めた人生に「本物」も「偽物」もありません、全て「本物」ですと答えます。
投稿者:いろはひふみ | 2006年07月19日 00:02
>偽物と本物
海に入らないと紙だと気付かないなんて、その技術の高さに
驚きます。
ブランド物のコピーは耳にしますが、紙で作るなんて初めてです@@
防水スプレーすれば、けっこう使えるんじゃないかと思いました(汗)
>「本物の人生を生きましょう」と言われたとき、どうすれば良いのでしょうか?
一瞬、戸惑うと思います。
胡散臭いと無言で立ち去るか・・・
本物ってなんですかと問い返すか・・・
どういうことが、本物の人生なのかわからないけれど、嘘をつくことがあっても、
意にそぐわないことをやったとしても、それを偽物の人生だとは考えられません。
人が生きるとき、そこに本物と偽物の区別はないと思います。
投稿者:月明かり | 2006年07月18日 23:50
>偽物は「これは本物ですよ」という一言が、ふと出てしまうのだそうです(笑)。
偽物の売買は心理戦になりそうだと思いました。
買うほうは慎重に見極め、ことさら本物ですよという念押しが入れば危ないと感づかなくてはいけないし、売る方は偽物と感づかれないように何気に売らないといけない。
あるいは買ってもらわなくて結構という態度で臨まなくてはいけないのかもしれません。
だから偽物かも〜〜という断定しない言葉を選ぶのはかえってうまいやり方だと思いました。
こういうのには自信のある人ほど引っかかるような気がします。
自分の人生に自信があると他人にもそれを勧めて、それ以外は偽物だと断定するのはとても傲慢だといえます。
偽物だろうが本物だろうがそれはそのひとが勝手に判定しているだけであって、人間の運命には偽物も本物もなくすべてが本物だと思います。
でも物事を善悪で判断する人であれば自分の価値観で他人の人生を判定するのもありそうなことです。
だって視点がひとつところで固定されていると抜け出すことは困難だと思うからです。
固定されないように風に吹かれてふわふわとしていなければいろんなしがらみから開放される日も訪れることはなさそうです・・・。
投稿者:空タネ | 2006年07月18日 23:37
>人生の「本物」「偽物」って一体何でしょうか?
一体自分が誰で何者なのか何一つわかってないのに、なぜ他人に対して「本物の人生」を
提唱できるのでしょうか。
直接提唱者に尋ねたことはありませんが、自分が後生大事に持っている価値観を押し付け
ようと企んでいるのかと、勘ぐりたくなります。
ルーブル美術館に飾られている絵が本物なら、それを真似たものは贋作です(笑)。
しかし“本物”(爆)を描いた本人が他の人達と同様、例外無く「私は結果」だとしたら、
その絵を描くためだけに、その役割を割り当てられただけだとしたら、誰がその絵を描い
ても時空的には何の問題も無いのだと思いました。
投稿者:イーキン | 2006年07月18日 22:16
>偽物と本物
これが本物だと売り出しても売れなければ衰退していくだけです。
逆に偽者だとわかってても良いと思えば買うと思います。
そう考えると本物と偽者の価値って意外と変わらないように思えます。
紙の靴って面白そうです。
見た目も履き心地も皮の靴と変わらないのならそれを作り出す技術はたいしたものだと思いました。
今飲んでいるビールも偽物ですが、本物よりよく売れていて家計を助けてくれるし味もわからないくらい美味しいです。
人生に本物と偽物が仮にあっても区別はどこにも存在しないと思います。
投稿者:小町 | 2006年07月18日 22:12
>[2970] 管理人のみ閲覧できます。
出て来いよ、卑怯者!それでも人間かよ。
投稿者:イーキン | 2006年07月18日 22:03
>偽物と本物
紙で作られた水着・・だなんて、
なんて面白いのだろう。。と思いました。
だって、泳いでいるうちに、紙が溶けちゃったりしそうで。。
>「本物の人生を生きましょう」と言われたとき、どうすれば良いのでしょうか?
わ・・分かりません。
>さて、人生の「本物」「偽物」って一体何でしょうか?
本物と偽物という概念は、基準があるのが前提だと思います。
例えば、水着は、溶けるものであってはいけない。。とか。。
そう考えると、偽物って、意表をついていて、面白いです。
そう考えると、本物って、面白みがないと思いました。
演出なしだからです。
投稿者:あかり | 2006年07月18日 21:12
中国では「偽物の原産地」と呼ばれてる場所です。 。
手先が器用で。。修練でも。。右脳と左脳を超越して。。また。。同時に道教のあるがままで。。ランダム的な要素も。。磁場的なかとかも。。シンクロ発信てきないみもあるのかなあと。。同時に中国の不思議や占いが。。もりけんさんにより。。無意識層に。。アクセス度もすごく。。よくなってきてるのかもとも。。おもったり。。しましたああ。。
投稿者:バニー | 2006年07月18日 19:44
>偽物と本物
本物は、物品で言えば世間に認められていて性能も高くいわゆる良品であるように思います。
偽物は、本物そっくりで似ているけど、すぐ壊れたりするような不良品であるように思います。
偽物が存在するのは本物が存在するからだと思います。
本物を定義してしまえば、それ以外は偽物になってしまいます。定義しなれば、たとえ紙で作った水着でも「水に溶ける水着」として販売可能であり、偽物にはならないと思います。
本物の人生を考えると、これが本物であるという人生モデルがあって、それに準じないものはすべて偽物人生と言われてしまいそうです。
人生モデルもないのに、本物の人生なんて生きることはできません。
その前に、人の人生にモデルとなるものは無いと思います。
この世の中の成り立ちの中には、人それぞれの人生があって、さまざまなドラマがあると思います。
それぞれの人生なのだから、そこに本物も偽物も無いと思います。
もしも本物の人生と言うものがあるとしたら、それこそ偽物だ・・・と思いました。
投稿者:ありさん | 2006年07月18日 19:24
本物という言葉の背後には
独創性、オリジナリティというものを尊ぶ考え方が、あると思います。しかし、オリジナリティとは、本来「私は原因」的な世界観に根ざした考え方です。なぜなら、その独創性の源を探せば、それは必ず、当の発明発見をした当人である、ということになるからです。
一方で、自分が源となって、真のオリジナルを生み出すことなく、他人の生み出したもののコピーを繰り返している場合に、ニセモノと呼ばれます。
しかし、結果で生きるというとは、自分がオリジナルではないという認識が、まずは前提になるのではないでしょうか。
自分以外の何かに動かされるままに生きているのが「私は結果」だとすれば、私の内部に、独立した、純粋な、本物なるものが存在する余地はないでしょう。
結果的な生き方は、本物を重んじる人からすれば、偽者の生き方に見えると思います。
しかし、全人類の人生のパターンが、9000個の文章の組み合わせで表現できるとすれば、誰一人、オリジナルな人生を歩んだ人などいないということになるはずです。全人類が借り物の人生をつぎはぎしているということになるでしょう。
運命が決まっている世界・・それは、本物の存在しない世界だと思います。
本物が存在しないということは、連綿とつながっている、ということとおなじことだと思います。
子供のDNAは、両親のコピーです。
これを偽者とよぶくらい、ばかばかしいこともないと思います。
投稿者:L.B. | 2006年07月18日 18:39
>「彼らを『本物』の世界に引き出したのは、間違いだった」・・と(笑)
水着を紙で作るといっても、見て触ってすぐにバレるような品物だったら
商売にならないのですから、水に濡れることがなければ布製の水着と見分
けがつかないほど精巧に出来ているのだと思います。
それって工夫をいっぱい凝らした凄い技術だと思います。
肉を使っていないのに、味も食感も肉としか思えない料理を作る人がいま
すし、よく出来た食品サンプルは見ただけでは本物としか見えません。
こういう技も、本物を知り尽くしていないと出来ない技だと思います。
ですから偽物作りの名人が本物を作ったら、今までの本物以上の本物が出来
上がるんだと思います(@@;
>「本物の人生を生きましょう」と言われたとき、どうすれば良いのでしょうか?
「不器用なので、偽物の人生なんて器用な生き方、出来ません」と返事を
するかもしれません。
「誰だってせいいっぱい生きているのに、それを本物とか偽物とか言いま
すか」とも言いたいです。
投稿者:ぷく | 2006年07月18日 18:18
>「それは本物を作るよりも技術がいることです」・・と(爆)
あたりまえのことを、サラッと言うトラさんが好きです。
そして、言われなきゃ気づかない私は、言われてみて初めて「そりゃそうだ」とか思います。
本物も偽者もどっちも自分が満足や納得して買ったものなら、どっちも本物だと思います。
ただ、ブランドなど、本物といわれるものがあったときに騙されると困るのだと思います。でも、騙されるようなところで買わなければいいのだから、要は、自分の考え方次第かと・・
本物の生き方って、なんでしょう。。
たとえ、スーパーマンのように、普通のサラリーマンが仮の姿だとしても、全部ひっくるめて本物の生き方といえるでしょう。
本物の人生を生きようと言われても、「今生きてます」としかいえません。どんな人生を送っていたとしても。
それに、この人生が本物だろが偽者だろうが、どっちでもいいじゃないか、とさえ思います(汗)
投稿者:モカ | 2006年07月18日 17:39
>偽物と本物
本物という言葉を普段私自身はあまり使いません。
本物と聞くと、「本物は誰だ!」という番組があったなくらいの認識しかありません。
だって、本物と言うからには偽物があるわけで、偽物があるからこそ本物は存在すると言えるからです。
どちらもあって始めて、両者の呼称が意味を成すのです。
言い換えれば、対語の片方だけ用いるのは、無意味ということです。
それを、どっかで誰かが、キャッチコピーにしているんでしたっけ、近頃よく耳にしては違和感たんまり不快なほどでした、そういえば。
何の根拠もなしに「これは本物」「これが本物」とやたら吹聴するのは、滑稽でしかありません。
そりゃ商売繁盛を願ったテキヤさんの呼び込みと同じだなとはわかりますが、ずいぶん勝手なんだなぁと呆れるのみです。
何かを本物だと言うのなら、対する偽物を並べ見せ比較し、その違いを証明し、本物ならではの良さをちゃんと語ってくれないことには、うなづけるわけがありません。ったくぅ・・ねぇ!
投稿者:ゆくえ | 2006年07月18日 16:49
偽者と本物
私は偽者か本物かにあまりこだわりません。
ブランド物にこだわるということが全くないです。
宝石も本物のダイヤと偽者のダイヤを並べられても目が悪いのでよくわからないかもしれません。綺麗だったら偽者でもいいです(爆)。
でも私も、紙の靴や水着は困ります(爆)。
>さて、人生の「本物」「偽物」って一体何でしょうか?
う〜ん、私には偽者の宝石よりもわかりません。
人生に、人が生きていることに「本物」と「偽者」があるでしょうか・・私は無いと思います。
人生は、どんな人生も、たとえ詐欺師の人生で人を裏切り続けて生きたとしてもそれを「偽者」とはいえないと思います。
人生に「偽者」「本物」があるようにいうのはそれが都合が良い人ではないかとそう思いました。
投稿者:ゆきんこ | 2006年07月18日 16:38
偽物と本物
モノマネをしている「コ○ッケ」とゆうヒトがいます(すごい名前だな!)
なんか・・ホンモノを通り越し、すでに変なことになっています・・
(すみません)
もう似ている、似ていないの次元の話ではないなあと思います(汗)
なんで、こんな話しているんだろう(爆)
>さて、人生の「本物」「偽物」って一体何でしょうか?
「本物の人生を生きましょう」と言われたときどうすれば良い
のでしょうか?
本物、偽物の違い・・(・・)
本物の人生・・そんなコト言われたら、困ります。
でも以前は「いつか本当の人生がはじまる」と、本気で
考えていました。
今はまだ借りもの、今はまだ準備中、そんな気持ちでした。
でももう私は私でしかない今。今も前も、これから先も一歩も成長する
ことのない私・・そう思うとあっちでもこっちでもなく・・
どうしようもない感じです(汗)
こんな風に考えるようになったのもつい最近です。
とても軽い気持ちです、健やかだなあと思います。
成長してないけど、のびのびしているなあ〜と思います(笑)
私のお店のレジの横に大切な香水瓶とともに、ピンクのプラス
ティックの天使の置物があります。
前の職場のそうじのおじちゃんが、砂浜で拾ったものをくれたヤツです。
いい話とかじゃなくて(じゃないけども)
私はそれを見て、ひと目で気に入ったので「ちょうだい!」と
言っただけです。超お宝です。ホンモノ話です。でも偽物です。
本当に気にいってます。偽物とか、拾った・・とかゆうのも気に
入っている点でもあります。
投稿者:こはな | 2006年07月18日 15:53
偽物と本物
本物と固定化する事により、偽者が出てきます。とするならば、本物は、ある固定化された(条件ずけされた)制限された、とも言えます。そういう意味では狭しです!>「本物の人生を生きましょう」と言われたとき、どうすれば良いのでしょうか?
本物に捕らわれず、ハンドルを手放して、「勝手にしゃがれ」状態になることにより、本物偽者の生き方が消えると想いました。
投稿者:じんのり | 2006年07月18日 15:12
オリジナルとコピー
本物と偽者は、オリジナルとコピーということだと思いました。
しかし、コピーがオリジナルよりも、うわまわってしまうことだってあります。
忠実なコピーができれば、オリジナルと同じ品質のものは、いつでも出来る状態になるのだと思います。
オリジナルと超えたコピー・・・
これは、神が時空に対して思うことも、同じなんじゃないかと、思いました。
時空の運命変更機能は、オリジナルを超えたコピーのの特徴そのもののように思います。
投稿者:テクノン | 2006年07月18日 14:28
>偽物と本物
「本物の人生を生きましょう」と言う人には、自分の中に本物と偽者に分ける法律のような基準があるのだと思います。
そういう人がよく「世のため人のために生きることが本物」とか言ったりします。これって観念的です。
何のことはない、サッカーの審判のように、自分がレッドカードを常に携帯して「自分から見た偽物」に対し、レッドカードを高々と示したいのかも知れません(笑)。
審判であり続けたい人が、言葉でいくら立派そうなことを言っても、ただそれだけのことと思います。
投稿者:こち | 2006年07月18日 14:17
>「それは本物を作るよりも技術がいることです」・・と(爆)
やっぱそうだよね(さっきメインレスしたから)。 水着も紙で作るってオドロキ。伸縮性はどうしてんやろ。でも、これうまく使えば、最後は全部燃えるゴミになって、ええんやないか。”「これは本物ですよ」という一言が、ふと出てしまう”って笑った。本物の人生、って言われても困る。偽の人生、っていうのが存在しないと思う。自分にとって不本意なことしていたとしても、運命どおりなんなら、なにしてたって本物だし。運命どおりの人間がすべて偽物なら、本物っていったい何?ってことに‥
投稿者:龍(ロン) | 2006年07月18日 14:00
本物と偽物
水着なのに紙で、海に入って気がつくって
なんだかとても可笑しいです。
(爆)
水に紙がちぎれて、いやーんって感じです。
でも、水に入らないと分らないくらいに精巧にできているのだと思いました。
紙という安価な材料を使って本物そっくりに作って儲ける事が出来るのは
偽物を売ってお金を騙すとかではなくて
儲けたお金は技術料という感じがします。
本物の人生を、と言われたら
ああ、私の人生は本物ではないと言われているのだなと思います。
いいじゃん、べつに本物でなくても…と思います。
偽物人生でも楽しいです。
そもそも人生に本物とか偽物とかの区別なんて
つけられる物ではないと思います。
投稿者:ひろみ | 2006年07月18日 13:21
>偽物と本物
靴はまだしも水着が紙なのは困ります(爆)
以前、孫さんが、「中国人でも中国製は買わない(爆)」と言っていましたが、偽物の街の人々は、製品の品質よりも、いかに本物に似せるか(たとえばデザインとか)というところにものすごく凝っていて力を入れているんだろうなと思いました。
でも、美術品の贋作(がんさく)もそうですが、高い技術力がなければできないことで、その技術力は時には本物以上ということもあるだろうと思います。
ディズニーランドなんかも本物以上に本物っぽく作ってありますが、すべて偽物です。
でも、あれをすべて本物でやったら、おとぎの国はできないと思います。
偽物だから夢の世界が作れるのでしょう・・
そう考えるとと偽物には偽物の意義があると思いました。
人生が夢のようなものだとしたら、「本物の人生」ってなんだろうと思います。
本物・偽物をわけているのが誰かの価値判断でしかないとしたら、価値観のない五行には本物・偽物の区別はないのだと思います。
投稿者:くるみ | 2006年07月18日 12:19
さて、人生の「本物」「偽物」って一体何でしょうか?
多次元側は。。もりけんさんだけしか行ってないので。。本物的な証明が。。むつかしいとおもいますが。。それは。。今が。。過去側だけの経験側だけで。。3次元がいわれているからだと思います。。じつは。。経験則だったりする3次元が。。偽者の世界だったりするわけで。。というわたしも。。もりけんさんや。。不思議グッズなしでは。。だめな偽者で〜♪♪赤ちゃんにかえってキャッチボールしてたとかいっても。。。ははは〜〜♪♪かわいいけど〜〜♪♪「本物の人生を生きましょう」と言われたとき、どうすれば良いのでしょうか? う〜ん。。わたしなら。。問いの答なので。。いきたいでっすううう〜〜♪♪
投稿者:バニー | 2006年07月18日 11:29
紙の下着でも何度か洗濯して使えるようですし、偽物といっても先にブランドとして立ち上げたか、どこを偽物というのか良くわからなくなってきました。
わたしも3次元のわたしが本物でHNの私が偽物とは断定できないし(超爆)
>「本物の人生を生きましょう・・・」
人生には本物しかないと思うのですが・・・・
偽物も超えれば本物になる??・(爆)
投稿者:935 | 2006年07月18日 10:07
>偽物と本物
紙の靴にも驚きましたが、紙の水着もあるんですね〜
堂々と紙製と知らせても、おみやげなら売れるかもと思います.(笑)めずしいから..(笑)
本物って、もしかしたら自分の期待を裏切らないという事かもと思います。
もし、最初から紙製と知っていたら、本物も偽物もないと思います。しかし、知らずに靴が雨でぬれて壊れたり、水着が破けたりしたら、偽物とか騙されたと思うかもしれません。そんなことで壊れたり破けたりしないのが常識だと思うからです。
本物、偽物と分けられてしまうのは売り方の問題かもと思います。
また、偽物とかいうと、ブランド物とかの偽物とかあると思うのですが、偽物と最初からわかってる分には何も問題はないと思います。それが、本物と偽って売った時問題になるのだと思います。
「本物の人生を生きましょう」とは、それを言った人の期待を裏切らないで欲しいという事かもと思います。
投稿者:敬子 | 2006年07月18日 09:33
>偽物と本物
お土産にコピーのバックと時計をもらったことがありますが、この街で作ったものだったのかなって思いました。
(笑)
水着が紙だったら、ひやひやでより冷や冷や感を味わえそうです(笑)
>「本物の人生を生きましょう」と言われたとき、どうすれば良いのでしょうか?
人生には本物とか偽物とかなくって、
たとえ本物であっても偽物であっても人生は同じだと思うのでこだわらずに生きていきたいです(笑)
投稿者:Ciel | 2006年07月18日 09:31

