「ニュートンコード」という題名にしてほしい

 
 私に言わせれば、「ダビンチコード」ではなく、「ニュートンコード」だと思います。
 
 ダビンチの最後の晩餐の絵の中に描かれた弟子のひとりがマリアだと言われても「それがどうした?」です。
 女性に見えると言われればそうだと言えるし、やはり男だと言われれば、そうだとも言えます。
 あまりにアナログ的です。
 
 しかしニュートンは違います。
 マリアの遺体のありかを、暗号に託して隠しました。
 その暗号はデジタルです。
 
 しかも主人公に「描かれていないたったひとつの天体」とも言わせています。
 でもその箱を開けたら、ニュートンなんて忘れ去られます(笑)。
 
 しかし・・
 
>「描かれていないたったひとつの天体」
 
 この一言で映画は終わっても良さそうです。
 だって、この一言で、「概念」の入れ替えが起こるからです。
 
 でもそれで終わらせないのは・・・
 
 そうです。
 イエスキリストがどうの、神がどうの、カルトがどうの、魔女狩りがどうの、それで教会がどう変わるか・・とかいう話題に引きづりたいからです。
 つまりアナログの世界です。
 
 さらにチケットにもパンフレット(プログラムとも言う)にもモナリザが印刷されてています。しかし映画では、モナリザの絵の後ろに、物理的に鍵を隠してあっただけです(汗)。それがモナリザの絵である必要など、何もない・・。
 パンフレットを開けば「ダビンチはその微笑みに、何を仕組んだのか?」と書いてあります。
 何も仕組んでいないのだよ・・(汗)
  
 この映画は「猿以下」に見せたいのか?
 



2006年8月20日 01:35 | 投稿者:森田 健(もりけん)

コメント

>「ニュートンコード」という題名にしてほしい
この映画を見たわけではないので、何も言えない立場ですが(汗)が、ようは上位の部分を占めてしまい、根源の追求がされていなかった映画だったのかと思いました。

パンフレットの写っていたモナリザは映画にはほとんど関係ないのにもかかわらず、さも主役のように取り扱った真意を考えても、パフォーマンスのみであったのだろうかと思いました。
確かになにか拍子抜ける思いがしました。

ようは人が興味を持って、興行収入を上げれば良いってことなのだろうか・・・

投稿者:しん | 2006年9月16日 16:17

>「概念」の入れ替え
残念ながら、わたしの中では入れ替えが起こらなかったです。なぜなら、主人公がなにか勝手に理解している、というだけしかわからなかったからです。「描かれていないたったひとつの天体」 は、ボックスを開けるためだけのキーとしか認識されなかったからです。(うろ覚えの記憶だけどたぶん‥)

もしニュートンコードが主役だったら、そう観客の概念を入れ替えるために映画が作られ、自然に観客が概念を入れ替える構成になったのではという気がします。でもそうじゃなかった。結果、物語はアナログな展開に‥というところは、ほんとにそのとおりだと思いました。
ストーリー自体には魅力は感じなかったです。

ダヴィンチの絵の中や科学者と思っていたニュートンが、そんなところに暗号を隠していた、というアイデアがおもしろい映画でした。

あと、なんかいいなと思ったのは、イエスキリストに子供がいたというところです。救世主とか神とかあがめられている人に、子供がいた。マリアとも普通にエッチしてたんだよな、って思ったら、なんか、普通の愛情も持ってた男だったって気がして。人を教え諭すえらい人から、まともな男の人に昇格したみたいな感じがありました(笑)

投稿者:リョウコ | 2006年8月21日 13:54

>「ニュートンコード」という題名にしてほしい
コーディングということに関してから考えてみるとコーディングというデジタル化、暗号化した作業をしたのは、間違いなくニュートンがその存在として描かれているように思いました。暗示で終わらないエンディングも個によって違った答えを出さないための神や宗教に対してのエクスキューズではないのかなと思いました。それほど西洋における神の絶対化や神格化は私達日本人にとっては理解し難いことではないかと思いました。コーディング作業と暗示をしたニュートンのコードのような気がします。 
 神のもとに科学が制御されているということもプロパガンダしたかったエンディングの用い方なのかなと思います。 
 あくまで全然見ていない人の思いつきです。

投稿者:yk | 2006年8月21日 06:29

>ニュートンコード
絵画とか美術品などはそれだけで目を引きやすいですが、方程式や暗号はそれでだけでは地味だと思います。

人目を引くことでダビンチ自体利用されたような感じもします。

なので、ダビンチにしろニュートンにしろかなりないがしろにされているような気もします。

確かにニュートンコードの方が合うと思いますし、appleのくだりは正直びびりました。

投稿者:でるた | 2006年8月20日 20:50

>「二ュートンコード」
なるほどです。
確かに、「描かれていないたったひとつの天体」には
それだけで、ハッとします。
秘密の暗号は、推測だけのように思います。
その先に意図が見えるような気がします。

投稿者:まる | 2006年8月20日 19:35

[
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投稿者:まる | 2006年8月20日 19:24

>「ニュートンコード」という題名にしてほしい
 
リンゴから万有引力を発見し惑星の動きを説明した・・というニュートンの逸話は、私にはあまりにも発想の飛躍がありすぎる感じがして、いまいちピンときていなかったのですが、リンゴと天体を対等に扱っているというもりけんさんの説明を聞いて、おおーー!!となりました。
でも、もりけんさんの説明がなかったらきっと気がつかなかったと思います。

投稿者:くるみ | 2006年8月20日 13:47

>「描かれていないたったひとつの天体」 。この一言で映画は終わっても良さそうです。
全くその通りです。この一言を人々に伝えたいがために、映画という演出があったのだと思います。しかしこのおかげでモナリザの微笑みが時を越えていかに美しいかを再発見できたのは私にとってセレンディピティでした。

さて、なぜニュートンであったか。私も歴史学者ではないので、シロウトの考えを書いてみたいと思います。レオナルドの業績は広範囲に渡り、ニュートンのAPPLEのようなPINとして使うことができる一言がなかった...。モナリサはイタリア語なので英語圏の観客にはスペルがわからなくてぴんとこない...。ニュートンはたしかイギリスの人だったと思うので英語でOK。「描かれていないたった一つの天体」という発想が先にあったために、そもそも、ニュートンははずせなかったのではないかと思います。しかしニュートンだけではちょっと地味で客は呼べないかも...(爆)。そういえば、最後の晩餐を書いたのはレオナルド・ダビンチだったよなあ、ということで「ダビンチコード」になったのかもしれません。

レオナルドがどのくらい信仰にあつかったのかはよく知らないのですが、もしレオナルドがマリアの死体に遭遇するチャンスがあったら、どこかに隠すのではなくて、自分で解剖して細かく切り刻んでしまった可能性が高いような気がします。その問いは「ヒトの女性は単性生殖が可能か?だとすればその生殖器はどのようになっているのか?他の個体との違いは見られるか?」(あるいはマリアはヒトの突然変異か?)というものだったと思います。

かたやニュートンは万有引力を発見したという功績もさることながら、ものの本によればオカルトや錬金術にも深く傾倒しており、科学よりも、そちらのほうに使っていた時間のほうが長かったという説もあります。よって、マリアの遺体に遭遇しても、解剖するというよりは、自らの錬金術的な研究のために一旦どこかへ保存をしようという動機は十分にあったのではないかと思います。

人間の英知を語る上でレオナルドとニュートンはどちらがすぐれていたかはわかりませんが、私の限られた知識の中では、レオナルドが書き残したノートのことなどを考えても、どちらかというとレオナルドのほうが、真理に迫る上で「科学的」かつ「意識的」なアプローチをとっていたような気がします。逆に、ニュートンが深く傾倒した、魔術や錬金術やオカルトという広大な領域は、何も切り捨てていないという意味で「無意識」の領域に近いような気がしました。

投稿者:ナイル | 2006年8月20日 13:01

題名的にはなんともいえません。。
どちらも。。あまり詳しくないので。。絵的にはこういう絵は。。特に大好き。。天使とか女神とか。。神とかマリア様とかキリスト様は特に。。不思議ゾーンで。。謎的問いを投げかけているようで。。すごいと思いまっすうう。。ほかの神さんがあかんというわけではありませんが。。十字架のキリスト様はものがなしくて。。悲壮感がただよいまっすううう。。。ほかの神々には見られない1面だとおもいまっすううう。。。え〜どうして。。と思うだけで問いがうまれまっすううう。。。最後の晩餐。。話しはずれますが。。。わたしてきには、何を食べるかなあと思いました。。ワインとフランス料理のフルコースくらいは食べたいと思いました。。。デザート食べ放題アイスもありで。。ドリンクお変わり自由。。などなど〜〜♪♪
(σ´・(●●)・`o)★.:゚+。☆

投稿者:バニー | 2006年8月20日 12:58

>でもその箱を開けたら、ニュートンなんて忘れ去られます(笑)。
 
映画は見ていませんが、タイトルからダビンチが重要な鍵を握っているんだ
なと思っていました。
ニュートンが出てくるなんて全然知りませんでした(汗)
 
ニュートンの残した情報をめぐってストーリーが展開していくのに、タイト
ルが 「ダビンチコード」だというのは、やっぱり「なんで?」と思ってし
まいます。
 
> イエスキリストがどうの、神がどうの、カルトがどうの、魔女狩りがどうの、
>それで教会がどう変わるか・・とかいう話題に引きづりたいからです。
 
実際そんな騒ぎになってたような記憶があります。教会が怒ってるとか、キ
リスト教を冒涜しているとか。。。
  
こんなに騒がれて、映画で思いきったことをやるのは大変だと思っていたけ
ど、映画を作る側がそれを計算に入れて作ってその通りになっただけだとし
たら、映画を見る人や映画を批判している人を何だか馬鹿にしている感じが
しました。
 
> 何も仕組んでいないのだよ・・(汗)
 
ゲッ;;;と思いますが、でも何も知らずにこの映画を見たら、私もモナリ
ザの微笑みに何か含みがあると思ってしまったんじゃないかなと思います(汗)

投稿者:ぷく | 2006年8月20日 12:51

>「ニュートンコード」という題名にしてほしい
ダビンチコード、話題になっているようで、そのタイトルとモナリザの絵は目にしますが、それがどういう物か全く知りません。
実はhpやここで読んでもよく意味がわかりません。
(ただ、よくわからないと言う事抜きに
書く事が出来ないと思ってそう書いただけですが。。)
というわけで、入れ替える前の概念がなかったりします。
全然わからないまま書いてしまいました。すみません。。

投稿者:敬子 | 2006年8月20日 09:34

>「ニュートンコード」という題名にしてほしい
だははは、ほんとにそうじゃん!と思って大爆笑です。
 
> でもその箱を開けたら、ニュートンなんて忘れ去られます(笑)。
 
忘れちゃだめじゃん!(笑)アナログでぐだぐだ言ったって、なにもみつからないじゃん。(鍵だって物理デジタルという気が=有るとか無いとか)アナログって…感想文じゃん。
昨日あれからずっと、天体=リンゴ=キリスト=私だと思って、一日中「おぉー」とか思ってました。やっぱニュートンはすごい。それがニュートンの運命にあったんだろうと思うとなんてうらやましい。ソレに気づいた時どんだけの快楽だったのかと思います。無意識の海にはムラムラだけじゃなくて、スゴいもんが有るんだ〜(どうやって抽出するんだろう)きずいた時、人類でたった一人だけソフトが書き変わったんだと思いました。
 
映画…物語だとは思うけど象徴的です。なんだろう…ここだって!反転ポイントがアチコチにあるんだって思いました。オセロみたいにパタパタと反転してくんだと思いました。

投稿者:和佳 | 2006年8月20日 08:38

>「描かれていないたったひとつの天体」
ちっともこの件には着目していませんでした。
見終わった後も、キリストに子孫がいたんだ、ふぅ〜ん、しか感想が無く(汗)、
聖徳太子に子孫がいたというのをもし聞いたとしたらそれと変わらない感想です。
リンゴと太陽系の惑星が対等だとか、概念の入れ替えということになるとさっぱり
わかりません。
私は百万年かかっても思いつきません。
私が百万回生まれ変わっても思いつかないことは確信もって言えます。
このまま何も知らずに死んでいった方がよかったのかどうかわかりません。
ただ出会ってしまったので、今は目をそらせない状態です。

投稿者:イーキン | 2006年8月20日 08:35

描かれていないたったひとつの天体
・・ダヴィンチさんの功績は良く分かりませんが(他に何かあると
思うので)絵だけをとって言ってみたら、絵に関してはそこに何か
が隠されていたとしても、それはダヴィンチさん個人の・・何か言
いたいことだけかもしれなくて・・スポットが、そんなダヴィンチさ
んの偉大さ・・にいってしまうような気がします。
>しかも主人公に「描かれていないたったひとつの天体」とも言
   わせています。
  でもその箱を開けたら、ニュートンなんて忘れ去られます(笑)。
 下位の問いのすごさ・・とゆうか、下位の問いとゆうのは、万人に
 共通する謎だと思います。それが、ヒックリかえるようなことがあれ
 ば(概念の入れ替え)ほんとに大変なことです。個人の偉大さなん
 て(ニュートンもダヴィンチもすごいけど)ふっとびます。
 私はりんごをじーと眺めても・・「描かれていないたったひとつの天体 だ」なんて、映画の主人公だとしても気がつかないかもしれません
(爆)
ほんとに・・今は下位の問いとゆうのが、持てたかどうかわからない
にしても、考えてる(いちよう)なのが・・すごく嬉しいです。
 

投稿者:こはな | 2006年8月20日 03:24

>「ニュートンコード」という題名にしてほしい

>「描かれていないたったひとつの天体」
 
>この一言で映画は終わっても良さそうです。
>だって、この一言で、「概念」の入れ替えが起こるからです。


リンゴと惑星が同じブツで、対等である・・
というのは、すごい概念の入れ替えだと思います。

このとき、神も人間も、上も下もなく、対等になるように思いました。

神も人間も、同じように、万有引力というルール、法則下にあるブツだろうから・・


>でもそれで終わらせないのは・・・

以降を読んで、
映画を、概念の入れ替えだけで終わらせないのは、
人は、解釈や意味づけをすることを好む性質があるからかもしれないと思いました。


それは、デジタル情報を、アナログに変換するってことでもあると思います。


アナログへの変換は、つじつまあわせだと思いました。
前後の脈絡をはっきりさせる作業だからです。


しかし、アナログ情報は、本来つじつまのあうものではないものだと思います。


つじつま合わせをするために、
そこに「意図」が介在するのかもしれないと思いました。

投稿者:あかり | 2006年8月20日 03:22