ベテランとは

 
 オシムは言いました。
 
「ベテランとは第二次世界大戦の頃にプレーしていた選手のことだ」
 
 サッカーの世界には、ベテランがいます。
 ジーコジャパンでは、そのベテランたちが活躍しました。
 ジーコは、過去の実績を持ってシテ、選手を選んだと言われているからです。 
 
 しかしオシムに言わせれば、そんな選手すら、青二才なのです。
 
 考えてみれば私たちも同様です。
 一番長生きしても120歳です。
 生まれ変わりの村は別とすれば、たかが120年です。
 宇宙の年齢で言えば、ゴミみたいな時間です。
 
 しかし年の差が数歳でも、大先輩になったりします。
 
「年長者は敬え」などと言ったりもします。
 
 何の差も無いと思います。
 だから私は、「年長者」や「大先輩」を斬りまくります。
 同様に、学生だって容赦はしません。
 
 だってほとんど同じだと思うからです。


2006年09月01日 09:26 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (16)

なぜそこまでやるの?

 
以下は、ニュースのコピーです。
 
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オシム日本、到着即練習=深夜に空港から直行−サッカー
2006年9月1日(金) 9時0分 時事通信
 
 【ジッダ(サウジアラビア)1日時事】当地で3日(日本時間4日)に行われるサッカーのアジアカップ予選のサウジアラビア戦に臨む日本代表は1日、当地に到着した直後、アルアハリ競技場で早速練習を行った。
 日本時間31日午後1時に成田空港を出発し、バンコク経由で計16時間の長旅だったにもかかわらず、選手たちは機内でトレーニングウエアに着替えて空港から練習場に直行。現地時間1日午前0時すぎの深夜、30度を超える高温多湿という最悪のコンディションの中、3対3の攻守など本格的な練習に汗を流した。
 
 今回の中東遠征に招集された24選手は、30日にJリーグをこなしており、到着直後の練習は代表では極めて異例な調整方法。「相手は強敵で油断できない。本当なら2、3日練習してから出発したかった」というオシム監督の意向で、環境への適応と戦術的準備を兼ねた意味合いが濃い。
 
*************************
 
 普通、0時に着けば、まずはホテルで寝るでしょ?
 取りあえず体調を戻してからでしょ?
 
 なぜここまでするのですか・・。
 ここまでするのは、オシムくらいですよ・・。
 
 テキトーにやれとは言わないよ・・
 しかし限度というものがありますよ。
 
「根本的な意識改革が必要だ」と言ったスポーツ評論家だって、彼が監督を命じられたとすれば、深夜0時に本格的な練習など、しませんよ・・。
 
 オシムの敵はいったい誰なんだ?
 
 そんなことを思わせる記事でした。


2006年09月02日 08:50 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (41)

「負けてもいい」

 
 本の抜萃です。
 
********************
 
 7月20日、ジェビロとの戦いは文字通り死闘となった。
 試合前、オシムはこう言って選手を送り出していた。
 
「ジェビロはJの中ではナンバーワンのチーム。だから、そこに負けても恥ずかしいことではない。まずは、自分たちのサッカーを思い切ってやろう。負けてもいいから」
 
 負けてもいい。
 
 厳格な監督がホッと漏らしたその言葉が「優勝」という未体験の領域に挑もうとする選手を呪縛から解き放った。
 
*********************
 
 オシムは、すべて計算しているのだと思いました。自分のチームと相手のチームを研究し尽くして、もはや勝ち負けの状態をオシムは知っているのだと思いました。
 
 その証拠に、前日、ある女性ファン(ドイツ語が堪能なファン)が、オシムと料理の趣味などの話しをしたあと最後に「優勝してくださいね」と言ったのです。ところがオシムはその途端、キレたのです。
 
「それは間違っている。どうしてうちが優勝するんだ? ええ? うちは今年補強したか? 猛練習? そんなものはどこでもやっている。昨年と同じメンバーでしかも三人怪我で失っている」
 
 あまりの豹変ぶりに女性は戸惑うだけだったそうです(笑)。
 
「負けてもいい」・・これは正確な表現なのだと思います。オシムにとって神など不在なのです。奇跡は起きないのです。奇跡を期待して「試合は最後まで分からないから、万が一のためにも頑張ってこい。力を抜くな」などとは言わないのです。
 
 これは運命を知ったあとの私たちのようなものです(笑)。
 
 


2006年09月03日 08:11 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (24)

「肉でも魚でも無い」

 
「負けてもいい」と言って選手を送り出した試合は、結局2−2の引き分けとなったのです。
 そのあとの記者会見での問答は。。
 
「引き分けという結果についてはどう考えますか?」
 
「肉でも魚でもない」
 
 私はオシム語録の中でトップ3を上げろと言われたら、これを入れます。そのくらいのセリフです。
 
 記者は「引き分けという事実をあえて例えれば、肉ですか魚ですか?」と聞いたわけではありません(笑)。
 記者の質問とオシムの答えは、斜(はす)に交差しています。
 しかし記者は「それはどういう意味ですか?」という突っ込みも出来ません。突っ込みもできないくらいの斬り方だと思います。
 
 実はこのあとの質問はこれでした。
 
「現在、勝ち点差で2試合を残したまま、まだ首位にいます。気分はいいですか?」
 
 オシムは答えます
 
「ジェフが首位にいると困りますか?」
 
 ズタズタと斬っています(笑)。しかしこの答えとて、「肉でも魚でもない」の比ではありません。
 
 実はこのときの状況を本には次のように書いてあります。
 
**********************
 
 予算のない、前年7位のチームがよくぞここまで善戦した。あの降格争いの常連だった頃に比べれば本当に良くなった。しかし、そんな賞賛が何だと・・。
 
 オシムが監督に就任してたったの五ヶ月、ジェフは2003年シーズンファーストステージの紛れもない主役になっていた。
 
************************
 
 こういう状況下での「肉でも魚でもない」なのです。
 
 私が死ぬ間際に「森田さん、自分の一生をどう考えますか?」と質問されて「肉でも魚でもない」と答えられるでしょうか・・。


2006年09月04日 00:07 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (28)

サウジ戦を見て(負けざま)

 
 朝の2時半キックオフという、サウジ戦を見ました。一応ビデオ録画はしてありましたが、ここでオシムを書いておきながらリアルで見ないのは、時空からも相手にされなくなるのではないかと思ったので、起きて見ました(笑)。
 
 結局朝の五時に寝て、いつもの時間(8時)に起きて、いつもどおりの一日を送ったわけですが、「見て楽しかった」というのが大きな感想です。
 テレビはほとんど見ず、スポーツ観戦など見ても仕方がないと思ってきた私の人生にとって、オシムは偉大です(笑)。最後まで観戦をさせてしまうのだから・・。
 
 見どころは、一点取られてからでした。
 前回のドイツワールドカップでは、点を取られると、投げやりになったように感じました。

「もう勝てないかも知れない・・ここで俺がひとり頑張ってどうする」
 という感じが伝わってきました。
 そして相手からの追加点がどんどん入り・・(汗)
 
 しかし今回は、点を取られてからの動きがすごかったです。
 手抜き無いヤツは誰ひとり、いませんでした。
 水を得た魚のようにみんな動いていました。
 涙もろい私は、泣けてきました(笑)
 起きてて良かったと思いました(笑)。
 
 運命は決まっているのだから、勝敗を覆すことはできないでしょう・・。
 しかし「負けざま」というのは決まっていないのではないかと思いました(笑)。
 
 サウジの選手達はワールドカップの経験者が多かったと言います。
 しかし日本側は、ほとんどいません。
 点は取られましたが、互角以上に戦っていたと思います。
 
 負けざまに乾杯!
 


2006年09月05日 00:44 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (24)

「天才」が不在になった

 
 一昨日の記事の中にこんなのがありました。
 
「パーツの一部になれないスタイルは難しい」
 
 いままでは「天才」になればプレイを続けることができました。そして観客も「天才」を望んでいました。
「天才」にボールが渡れば場内からは歓声が上がり、「天才」はボールをさばき、場内の期待にこたえました。
 
「天才」はまるで「ご主人様」でした。「天才」にボールを集める役が「メイド」でした。
 
 しかしオシムは、全員がメイド化する戦略を取ったのです。自称「天才」がいて、メイド化に抵抗する選手がいれば、メイド服を着せるかもしれません(汗)
 
 話を今回の試合に戻します。
 
 今まではアナウンサーが「(例えば)ボールが中村俊介に渡りました」と言っていたような気がしますが、今回ボールが渡った選手の名前を言うことは少なかったような気がします。
 オシムが「ユーティリティー性を高く」と言っているように、ボールをもらう人が何も有名人(天才)である必要がなくなったのです。
 
 しかしスポーツ選手になぜなりたいかと言われれば、天才的な(有名な)プレイヤーになりたいと思った選手は多いはずです。
 
 しかし選手が「天才」を意識したら、オシムは外すと思います。
 オシムにとっては、ひとりの天才よりも、自分を明け渡し、パーツになれる「凡人」のほうが大切なのです。
 
 そして「天才」は、「私は原因」の人なのです。だからオシムは外すのだと思います。


2006年09月06日 00:52 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (31)

イエメン戦を見て・・

 
 サウジ戦とは全然違っていた。なにしろ客が少ない・・。ゴールの側になど誰もいない。だからシュートを打つとき、誰もいないの観客席が写っている。
 
 それを見ている私も、興奮度が低い・・。
 場内を埋め尽くした観客がいるのといないのとに、自分自身がこうも変わるものなのか・・。
 バーゲンに人が殺到しているのを見て、自分も興奮してくるようなもの・・。
 
 そんな中、ふと思ったことは「選手はなぜサッカーなどやっているのだろう」ということでした。
 それはオシムとて同様です。「なぜ彼はサッカーの監督などをしているのだろう」・・。
 
 好きだから・・だろうか?
 
 だとすれば質問したい
 
「観客がゼロになり、テレビ中継も無くなったとき、それでも続けていくだろうか」
 
 好きだけなら、競技会は不要だと思います。
 だから彼らも環境の産物なのです。
 
 ところでここがオシム編に変わって以来、レスが減っています(武蔵編の半分です)。HPに「ブログ更新」と書くにもかかわらず・・です(笑)。しかしオシム編になって以来、いままで一番ここのレスを見に来る私がいます(笑)。
 レスが欲しいというわけではありません。武蔵編の時の半分なので、ひとつのレスが重要になっているのです。
 
 昨日の独り言では、下位の問いは環境を開くかも知れないと書きました。オシム編がそれかどうかはずいぶん後になって結論が出ると思います。
 しかし本来の流れからと言えば、今のオシムは私にとっての虚なのです。上智に入ったときの宗教学と同じです。そんなもの、やってもやらなくても電気科の学生にとって、就職にはまったく影響しませんから・・。やるだけ無駄というものなのです。
 独り言のレスの中に「99%の学生がやらなかったのは信じられない」というのが多かったですが、やらないほうが当然のことなのです。


2006年09月07日 09:20 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (36)

人気のないオシムジャパン

 今朝、次の記事を見かけました。
 
>成田空港で出迎えたサポーターは約50人だった。6月24日のW杯敗退後に詰めかけたサポーターが700人以上だったのに比べておよそ14分の1。日本代表の青いユニホームを着た人も2人と寂しかった。警備員も6月の時は30人ほど増員したが、今回は通常警備。担当者は「こんなに人が少ないのは記憶がない」と拍子抜けした様子だった。
 
 すごいと思いました。
 オシムはやはりすごい。
 
 人気など屁でもない。
 
 選手を駒として扱うということは、ヒーローを消すということと同じです。
 ヒーロー不在の試合は、ポイントとなるものが存在しません。
 そこには混沌とした全体があるだけです。
 
 おそらく前代未聞のスポーツが始まったような気がします。
 
 人気が無いことを知って、何か腑に落ちる私です(笑)


2006年09月08日 09:01 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (38)

精神的なたくましさ

 一昨日のイエメン戦に対する記事に、以下のものがありました。
 
「シェフを帯同せず現地の料理を食べ、真夜中の練習まで敢行しながら、精神的なたくましさは身に付かなかった」
 
 オシムは一般的な意味で言うところの「精神的なたくましさ」を求めているのだろうか・・。
 私は違うような気がします。
 
 シェフを帯同せず現地の料理を食べたのは、もしかすると現地の「場」に早く入らせるためかも知れません。
 真夜中の練習まで敢行したのも、同様かも知れません。
 
 オシムが一般的な意味で言うところの「精神的なたくましさ」を求めているのなら、「負けてもいい」などとは言わないと思います。
 
 選手に「天才になれ」と望むのなら、精神的なたくましさもアリです。
 しかしオシムが望んでいるのは「駒」すなわち代替可能なパーツになることだと思います。 
 
 代替可能なパーツに向かって「精神的なたくましさ」を要求しますか?
 
 いわゆる評論家たちは、オシムの言うところの代替可能なパーツという概念を、分かっていないのではないかと思います。
「個」のたくましさに依存したら、オシムのサッカーは無い・・そんな風に感じるから、私はブログを書いているのです。
 


2006年09月09日 09:49 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (34)

主役は誰?

 
 本の抜萃です。
 
***********************
 
 負けてもいい。
 
 厳格な監督がホッと漏らしたその言葉が、「優勝」という未体験の領域に挑もうとする選手たちを呪縛から解き放った。
 
 序盤は試合巧者ジュビロがゲームを支配した。
 Jリーグ屈指の中盤が高速でパスを回す攻撃は多彩だった。左サイドからえぐってくると思えば、中央突破を敢行する。
 
 ジェフは立ち上がり、圧倒的にボールをキープされつつも運動量で対抗した。
 ディフェンスをタイトに固め、一旦ボールを奪うと鋭利にカウンターを仕掛ける。まるで地面から人が湧き出てくるかのように2,3人と躊躇なく攻め上がっていく。
 一旦、攻撃が途切れると素早くディフェンスに舞い戻る。攻守の切り替えは、瞬時にそしてスムーズに行われた。
 
 勇人は中盤の底から幾度も駆け上がっていく中で、フルコートの3対3はこういう意図だったのか、と思い描いていた。
 
 プレーを止めるな、リスタートは早くしろ、と監督は言い続けた。「味方が動き出していないので、出せない」と反論しても「それでもいいから出せ」と怒鳴った。それでもいいのか、と皆は言った。
 
 けれど、この爽快感は何だ。
 
 マイボールになってからの判断スピードが、自分でも驚くほど速くなっていた。いつまでも自分は走れる。労はいとわない。
 サッカーは美しく、こんなにも楽しいものだったのか。
 
 前半27分に、セットプレーからこぼれたところをヘディングで決められるが、負けているという意識はまったくなかった。
 
 ハーフタイム。オシムは「考えすぎるな」という指示を出した。
 
 後半開始早々、ボールが左サイドにいた羽生に渡った瞬間、勇人は前線に向かって爆発、奪取を敢行した。長い距離を上がり、フリーのままにクロスに合わせるとボールは枠に向かってすっ飛んでいった。これはGKに好捕されたが、リスクを恐れぬランニングは攻撃にリズムをもたらした。
 
 50分、勇気のある坂本の突入が好機を呼び込んだ。エリアで倒されてもらったPKを、チェが落ち着いて左隅に流し込んだ。
 
 
 1 − 1.
 
 同点となったところで猛暑の戦いはますます激化する。ジェフの攻撃意識は研ぎ澄まされ、グラウのマークという大役を背負ったストッパーの斉藤までが、チャンスと見れば相手ペナルティエリアへの侵犯を繰り返した。
 
 困難に対して考えることもなく、攻守が入れ替われば、黄色のユニフォームをまとった戦士たちは自らの意志で2列目、3列目から津波のように相手神内に押し寄せた。
 
 75分、サンドロが飛び出してついに勝ち越す。しかしジェビロも前年の王者。その1分後、ジブコピッチが上げたクロスに前田が合わせて

2 − 2.
 
 騒然とする場内では今、目の前で行われている試合が、間違いなく今年のベストマッチであるという確信が広がり始めた。
 サポーターが燃える。チャントやコールが活性化する。
 お互いが引こうともせず、アグレッシブに打ち合うスペクタクルな戦いは、終わりが来ないような錯覚さえ起こさせた。
 
(続く)
 
************************
 
「けれど、この爽快感は何だ」
 
 このワンセンテンスが、オシムのサッカーなのだと思いました。
 もちろんそれに続く「サッカーは美しく、こんなにも楽しいものだったのか」もそれを物語っています。
 
 天才にボールが集められ、個の技を披露するサッカーに、爽快感は無いと思うのです。
 爽快感とは、個を解き放った時に訪れる感覚だと思うからです。
 
 好きにして・・というメイドの感覚にも似ています。
 
 確かにオシムはご主人様の役をしています。でもこの試合の描写を見る限り、選手は命令されて動いている感じはしません。
 さらに、自己の個に固執している感じもしません。
 
 自分を解き放ち、全体として動くカラッポな駒がいるだけです。
 
 だから、負けていても勝っていても、変わらない動きが出来るのだと思います。
 
 昨日は精神的な強さが話題になりました。
 この時の選手は、精神的に強かったのでしょうか、弱かったのでしょうか・・。
 
 個を解き放ったとき、強いも弱いも無いと思います。
 
 試合が終われば、何も残らないと思います。だから成田にファンは詰めかけません。プレーしたのは「全体」だからです。
 終わったとき、誰が主役だったか分からなくなるからです。
 
 だからこそ、パーツがパーツ以上の力を出せるのです。
 


2006年09月10日 02:29 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (38)

「大丈夫だ。お前らが出て行かないと、試合は始まらないんだから」

 
 本の抜粋です。
 
*********************
 
 ハーフタイムのときオシムは話を間断なく続けた。ロッカーアウトの時間になっても「大丈夫だ。お前らが出て行かないと、試合は始まらないんだから」と豪気に言い放つ。
 
*********************
 
 「大丈夫だ。お前らが出て行かないと、試合は始まらないんだから」・・この一言も、後半の彼らの動きを活性化させたような気がします。
 
 前半で一点入れられ、形勢は圧倒的に相手チームにあったはずです。しかも相手は去年の勝利者(優等生)であり、自分たちは7位の劣等生です。
 
 相手が「主」で、自分たちは「従」・・そんな気持ちがどこかにあったはずです。だって一度も優勝戦などを戦ったことは無かったのですから・・。
 
 しかしオシムの一言は、それを崩すものだったと思います。
 
「主役はお前らなんだ」・・と。
 
「時間より前にセコセコ出て行くな」・・と(爆)
 
 ロッカールームからグランドへの通路の中で、ジェフの選手は感じたはずです・・・
 自分たちが主役ではなくても、少なくても相手とは対等なんだ・・、対等な人間同士が戦っているんだ・・、監督は負けてもいいと言った、しかしそれは卑下しろということではない、負けても対等だということだ、その証拠にこっちのペースでゆっくり出て行こうと監督は言った・・。
 
 場内は後半開始のホイッスルを待つ観衆の目が降り注いでいた。
 グウンドには、相手チームが先に出ていた。そこにゆっくり出て行くジェフの選手たち・・。監督は「負けてもいい」と言い、さっきは「もう考えるな」と言った・・。
 
 数分とはいえ、待ちくたびれた相手チームの前に、ゆっくりと現れたジェフ・・。失うものは何も無かったと思います。
 


2006年09月11日 22:13 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (31)

時間のメイド化

 
 もう一日引っ張ります。「大丈夫だ。お前らが出て行かないと、試合は始まらないんだから」というセリフを・・です。
 
 私たちは、こういう世界にはいませんでした。
 
 電車が、遅刻する私を待っていてくれることはありません(笑)。
 入学試験が、遅刻する私を待っていたことはありません。
 恋人は待っていてくれても、どこか不機嫌です(爆)
 
 常に外部の「時間」に合わせていかなければならないのが、私たちでした。
 それは運命という考え方に大きく関係してきました。
 運命に合わせるのが我々であり、運命は我々に合わせてはくれない・・・。
 
 しかしオシムは、その関係性のひとつをハサミで切りました。
 
「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」・・と。
 
 あの言葉は、彼の根本思想のひとつなのではないでしょうか・・。
 駒になるのは、自分たちだけではなく、時間もそうなのだ・・と。
 
 時間のメイド化・・
 
 しかし今までは逆でした。時間は、ご主人様でした。時間にだけは逆らうことが出来ませんでした。
 
 時間がメイドになって、すでにメイド化した選手とともにいる・・
 
 そんな図が思い浮かびました。
 


2006年09月13日 00:56 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (28)

死闘の終わり

 
 まずは前回載せた本の部分です。
 
**********************
 
 75分、サンドロが飛び出してついに勝ち越す。しかしジェビロも前年の王者。その1分後、ジブコピッチが上げたクロスに前田が合わせて2−2.
 
 騒然とする場内では今、目の前で行われている試合が、間違いなく今年のベストマッチであるという確信が広がり始めた。
 サポーターが燃える。チャントやコールが活性化する。
 お互いが引こうともせず、アグレッシブに打ち合うスペクタクルな戦いは、終わりが来ないような錯覚さえ起こさせた。
 
***********************
 
 きょうはこの続きです。
 
************************
 
 ロスタイム、オシムは羽生に代えて山岸を投入する。U−20代表に名を連ねるサイドアタッカーは、ピッチに降り立つや、すぐさま突破を図り、右からの扉をこじ開けた。
 
 これを見た勇人は最期の力を振り絞って、攻め上がった。溜まった乳酸で筋肉は縮み、血管は押しつぶされる。疲労は極限に達していたが、再び長い距離を走破してペナルティボックスに走り込んだ。
 
 来た!
 
 足下に山岸からの絶妙のクロスが届けられた。フリーだ。ただヒットをすれば勝利が来る。同時に優勝をほぼ手中に収めることができる。足を振る。決まったと思った。
 
 しかし。ボールに触りながらも、軌道は定まらなかった。
 黄色い悲鳴と水色の安堵の叫び。勇人は責任の重さと悔しさに天を仰いだ。
 
 ホイッスル。死闘は終わった。
 
 
 ジェフというチームにとっては初めて経験する報道陣の数。
 
記者「引き分けという結果についてはどう考えますか?」
 
オシム「魚でも肉でもない」
 
記者「○○がミスをしましたが」
 
 質問の意味を汲み取ると、オシムは即座に返した。
 
オシム「あなたは今までミスをしたことがありませんか?」
 
 怒らせてしまったのか。緊張した空気が瞬間、会見場に流れた。
 
記者「・・・あります」
 
オシム「人間は誰しもミスをしますよ。選手もミスをします。私だってミスを犯します」
 
 場内は静まりかえる。
 
オシム「しかし一番ミスをするのは・・」
 
 ここで一泊置くと、笑って言った。
 
「通訳だ!」
 
 当の通訳にそう訳させている。爆発した笑いは止まらない。
 選手個人のミスをメディアの前で庇(かば)い、質問者を牽制する。その上で洒脱に笑わせて、雰囲気を柔和に戻す。
 緊張と緩和を操り、優勝を占う大一番の直後、大勢のベテラン記者を相手に会見を意のままにコントロールした。
 
 ミックスゾーンにいた勇人は、悔しくてたまらなかった。そこへ記者が話しかけた。
 
「監督に、最後の佐藤のシュートが残念でしたね、と聞いたんだよ。そしたら『シュートは外れるときもある。それよりもあの時間帯に、あそこまで走っていたことをなぜ褒めてあげないのか』と言われたよ」
 
 全身がしびれた。この人はどこまでも自分たちを見ていてくれる。その上、選手を横一線で見ているのだ。
 
********************
 
 コインを振れば、この日の試合が引き分けることは、元々決まっていたものとして判断できるでしょう。
 しかし勇人は、それで走ろうとする足を止めたでしょうか?
 
 元々の運命を知っていたとして、勇人は運命を変えてやろうと思って走ったでしょうか・・。
 


2006年09月14日 00:51 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (36)

実績にしがみつくこと

 
 本の抜粋です。
 
**************************
 
 全身がしびれた。この人はどこまでも自分たちを見ていてくれる。その上、選手を横一線で見ているのだ。
 
 試合前にはこんな場面に遭遇していた。チームの得点王であるFWのチェ・ヨンスはアンタッチャブルな存在だった。歴代の監督も彼は点さえ取ってくれればOKという部分があった。
 
 ところがオシムは面と向かって
「守備をしないと、お前も使わない」
 と告げたのだ。
「ヨンスさんに向かって・・。この人は本当にすっげぇなあ」
 
 *************************
 
 常にスタートラインに立つというのは、大変です。
 サッカーの監督であれば、選手の持つ輝かしい実績がそれを阻みます。
 しかしオシムはそんなものは、無視したのです。
 
 これは私たち個人の人生でも同じです。
 自分はこの分野で実績があると思えば、それにしがみつきます。
 


2006年09月14日 23:03 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (41)

もしも最後のシュートが入っていたら

 
 ジェフはその年、優勝できませんでした。
 実際に優勝するのは次の次の年なのです。つまりオシムが就任してから三年目で優勝にこぎ着けます。2005年のことです。
 なので今年オシムが日本代表の監督に抜擢されたのは、三年間の実績が評価されたのです。
 
 さて、きょうのテーマです。
 
 もしも最後のシュートが入っていたら・・・
 その年、ジェフは優勝してしまいました。
 これって、どうでしょうか?
 
 セックスで考えます。
 数分で終わってしまうセックスと、時間をたっぷりかけたセックスとでは、どちらがいいでしょうか?
 人の趣味にもよりますが(笑)、後者ではないでしょうか・・。
 
 あの瞬間、勇人が外したおかげで、ジェフは三年間も楽しめました。
 三年後に優勝を勝ち取った瞬間のことは、すでに書きました。
 オシムは選手たちに向かってピッチを歩いているとき、涙を見せました。そして胴上げを拒否しました。
 
 ところが・・です。
 就任後たった5ヶ月で優勝したら、これらがあったでしょうか?
 
 監督ひとりの功績で終わったような気がします。
 
***********************
 
 プレーを止めるな、リスタートは早くしろ、と監督は言い続けた。「味方が動き出していないので、出せない」と反論しても「それでもいいから出せ」と怒鳴った。それでもいいのか、と皆は言った。
 
***********************
 
 この状態は三年間続いたと思うのです。
 だから
『けれど、この爽快感は何だ』
 という状態も三年間続いたのだと思います。
 
 ジェフは運が良かった・・だからあの日、勇人が蹴ったボールは、ゴールをそれたのかも知れません。


2006年09月16日 00:51 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (31)

「創造性」と「中心」

 
「サッカーウイークリーマガジン」を買いました。「日本代表にファンタジスタは不要なのか」という見出しに釣られたのです。
 
 そのグラビアに次のように書いてありました。
 
「中村俊輔、松井大輔、小笠満男、あるいは小野伸二のように、国内でプレーしている選手でも創造性あふれるプレーで攻撃の中心となり、ゴールへの道を明るく照らすことのできる選手は存在するのだが・・。オシム監督は『ファンタジスタは不要論』とも言えるコメントを残しているが、本当に彼らはいらないのだろうか」

 私はふたつの単語に反応しました。
 
「創造性」と「中心」・・です。
 
 おそらく記者は、このふたつの単語に対して何の違和感も持っていないと思います。むしろ、必要であり素晴らしいものとして捉えていると思います。
 
 しかしオシムが必要としないのが、このふたつの単語だと思います。
 
 ひとりが創造性を発揮されても困るのです。
 
 ひとりが中心となられても困るのです。
 
 


2006年09月17日 00:41 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (38)

共産主義サッカーと資本主義サッカー

 
 今までのサッカーは「個」を中心とするものでした。スター選手になるのが選手たちの夢でもあり、観客の要求でもありました。
 それは資本主義サッカーとは言えないでしょうか?
 
 かたやオシムのは、全体でスターになるというものです。
「個」は抹消され、駒と化します。
 これは共産主義サッカーと言えないでしょうか?
 
 私が高校時代、「友よ」を歌っていた連中は革命を起こして共産主義の世の中にするのが夢でした。
 
 しかし・・
 破綻しました。
 
 同様にベルリンの壁も崩れ、
「共産主義はやはりダメだ」
 と思われました。
 
 しかし・・
 サッカーにおいてまさに今、共産主義が起ころうとしているのではないでしょうか・・。
 


2006年09月18日 00:42 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (31)

「パスを出した瞬間、なぜ足を止めたんだ?」

 
「私は結果」を一番受け入れないのが、マスコミ関係者ではないかと思います。自分たちは事象の外側にいて、客観的にモノを見れると信じているからです。あらゆるものから独立していると思っているからです。
 独立しているからこそ、創造性とか中心という単語が、何の違和感もなく出てくるのです。
 世の中を動かしているのは自分たちだ・・と言わんばかりです。
 
 スター選手は「原因」になることができるとされています。だから、できるだけ多くの「原因」を集めることが、勝利への道だと思いこんでいます。
 
 しかしオシムの面白さは、そこに問いを発したことだと思います。
 
 原因と結果は常に連動し、どの時点で切っても、原因として独立することはあり得ないのではないか・・と。
 
 ある試合で絶妙なパス(アシストパス)をした選手がいました。試合終了後、彼は記者からインタビューされ、絶賛されていました。
 しかし記者がいなくなると、オシムは激怒して言ったのです。
 
「パスを出した瞬間、なぜ足を止めたんだ?」
 
 その選手はおそらく自分が勝利への原因になれたことに、一瞬酔ったのです。その「結果」を見届けたかったのです。
 しかしそのボールが、うまくヘディングされる可能性は100%ではありません。
 
 結果が連鎖しているだけだ、自分が原因になれたなどと思うな・・とオシムは言っているように思えます。
 
 だから記者がオシムを絶賛することは、自分の問題として返ってくるため、なかなかやりにくいのです。


2006年09月19日 01:05 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (30)

時代の波


 最近のオシムに関する記事の中に「協会幹部、俊輔代表入り売り込み大作戦…オシム構想外 」という題のものがありました。
 内容は以下です。
 
「サッカー日本代表は年間50億円以上を稼ぎ出すドル箱。しかし、オシムジャパンに代わってからは、核もなく、華もない。このままスター不在ではその稼ぎ頭の立場も危うくなってしまう。それでもCLで一発ぐらい決めても、オシム監督はまったく動じない。あの程度のFKではまだまだということか。」
 
 しかし「売り上げをどうやって上げるか」という問い同時に、「時代の波に乗っているか」という問いもあると思います。時代の波に乗っていれば、ほっておいても売り上げは上がるからです。
 
 時代の波を一言で表現するのはとても難しいです。言葉で表現するのはやめたほうがいいです。しかしオシムは、それに乗っているような気がしてなりません。
 
 今後オシムは欧州のメンバーも加えるようです。でもそれは、今までのそれとは違うと思います。
 
 天才を駒として使うこと・・。
 
 天才を自由にはさせず、思いっきり制限をかけること・・お前らも全体の駒として動け・・と。
 
 こうなったとき、年間50億程度ではすまないのではないかと思います。それ以上に人気が出ると踏んでいます。
 


2006年09月20日 00:47 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (30)

ど真ん中

 
 本の抜粋です
 
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 勇人はプロになるまで二回サッカーを辞めていた。
 自らの才能に疑問を持ったからではない。それどころか、同じ世代には絶対に負けないという自負があった。しかし他人からサッカーだけの人間だと思われることが嫌だった。そしてそれ以上にそういう考えを否定する指導者も嫌だったのだ。10代特有の自意識から、ブレスレットやネックレスを身につけて髪を茶髪に染めていた。するとあいつはダメだ、使えない、と言われた。プレーとは関係ないところで評価されることが我慢できなかった。元来は気さくで純な性格だが、口べたで人付き合いがあまり得意ではない。
 自分は指導者とは合わない人間だ。
 理解してくれないコーチの下で練習することに比べて、街や海には魅力がありすぎた。人生はサッカーだけじゃない。高校二年にはスパイクを脱ぎ、勇人はゲーセンやサーフィンにはまっていた。楽しかった。
 
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 別にどうという記事ではありません(笑)。
 これで人生を語りたくはありません(爆)
 
 この人が、体力の限界まで走り、シュートミスして、あのシーンにつながるわけです。
 
 もう一度載せます。
 
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 質問の意味を汲み取ると、オシムは即座に返した。
 
オシム「あなたは今までミスをしたことがありませんか?」
 
 怒らせてしまったのか。緊張した空気が瞬間、会見場に流れた。
 
記者「・・・あります」
 
オシム「人間は誰しもミスをしますよ。選手もミスをします。私だってミスを犯します」
 
 場内は静まりかえる。
 
 ミックスゾーンにいた勇人は、悔しくてたまらなかった。そこへ記者が話しかけた。
 
「監督に、最後の佐藤のシュートが残念でしたね、と聞いたんだよ。そしたら『シュートは外れるときもある。それよりもあの時間帯に、あそこまで走っていたことをなぜ褒めてあげないのか』と言われたよ」
 
 全身がしびれた。この人はどこまでも自分たちを見ていてくれる。その上、選手を横一線で見ているのだ。
 
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 何が彼を走らせたのか・・
 
「プレーとは関係ないところで評価されることが我慢できなかった」という一節がありましたが、プレーそのもののど真ん中だけを評価してきたのが、オシムだったのではないでしょうか・・。
 
 いままでの指導者たちは、周辺のどうでもいところを見て、ど真ん中を外したのではないかと思います。


2006年09月21日 00:43 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (32)

レベルダウン

 
 本の抜粋です。
 
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 それでも国体前になると彼の才能は千葉県から必要とされた。国体代表に招集されてキャプテンに任命されたのだ。
 肩まである髪はすっかり脱色していた。異様な風体の勇人を見て、のちに仲良くなるチームメイトをして「ひと目見て、お前とは絶対サッカーをしたくなかった」と述懐させるほど、当初は浮いていた。
 
 天皇を招いて行われる国民体育大会は日本のスポーツ界で最も古色然としたイベントである。勇人はコーチから真っ黒な染髪スプレーを頭にかけられてピッチに送り出された。
 
 千葉は勇人の活躍もあり、勝ち進んだ。決勝の相手はサッカー王国静岡であったが、この強敵を5−0で破って優勝してしまう。
 
 キャプテンまで務めて栄光を勝ち取った国体だったが、それが終わるとまたあとは退屈な日々が待っていた。
 高校三年の12月。当時の日本代表ユース代表監督の西村昭宏が代表に招集をかけようと勇人の携帯に電話をかけた。
 すると
「僕、もうサッカーを辞めたんです」とのくぐもった声が受話器から這い出てきた。
 驚いた西村が「何か後ろがうるさいけど、お前、今、どこにいるんだ」と問い返す。
 勇人は嘘がつけない。「はい、日焼けサロンです」と答えた。
 さすがの西村もこれには絶句するしかなかった。
 
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 こういうの、私は好きです(笑)。
 レベルダウンをそのまま実行しているような感じです(笑)。
 
 森田健作のように(爆)、一直線で進んでいたら、あの試合での最後の走りは無いような気がします。
 一直線のヤツは、いいときにはいいが、ダメなときにはダメ・・。
 
 しかしレベルダウンしているヤツにとっては、元々レベルダウンしているのだから、「縦の思考」がありません。負けていようが、レベルは下がらない・・
 
 


2006年09月21日 23:52 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (32)

「あの監督、ヤバいぜ」


 本の抜粋です。
 
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 それでも勇人は、流されるように三度サッカーに戻ってきた。
 
 ただ先発レギュラーに定着するまでには至っておらず、U−21代表に選ばれているにもかかわらず、彼は「サッカーはもういいか」と時に漠然と思っていた。 
 
 チームメイトは日本で中継されるヨーロッパサッカーを食い入るように見ていたが、勇人は興味をまったく覚えなかった。
 イビツァ・オシムとの邂逅はそんな時だった。
 
 スピーチはいらない、と言ったオシムは翌日からチームを鍛え始めた。演説は確かに不要だった。何も語らずとも初日からその方法論が彼の哲学を饒舌に物語っていた。
 
 怪我をして、別メニューをこなしていたMFの羽生直剛は練習を終えて宿舎に帰ってきたチームメイトの表情を見て驚いた。
 呼吸するのも大儀そうに疲労しきった顔で「あれ、ヤバイぜ」と口々に彼らは訴えた。
 
「あの監督、ヤバいぜ」
 
 プロ2年目の羽生は前年の経験から、キャンプはゆっくりと入って徐々にコンディションを上げていくものだと思っていた。
 ところが、この監督はやってくるなり、いきなりトレーニングペースをトップギアに入れている。いったいどんな練習をすれば、選手をここまで疲労させることができるのか。
 
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 いよいよ羽生の登場です(笑)。
 私のHPで彼は「宇宙人」というあだ名を付けられています(汗)。
 アミ星あたりにいそうな、宇宙人です。
 でもグレイの愛の度数はどのくらいだろう・・(意味不明)
 
 現在の日本代表チームのに入っているメンバーの、オシムとの邂逅のときの頃を知れるのは、楽しいです。
 一言で言えば
 
 若い!
 
 そういう感想です。
 ドイツワールドカップの選手にそんなことを言えば、はり倒されそうです。
「若い?? どこが?? 俺たちは国際試合で場数を踏み、沢山の経験積んだんだぞ。若いなどとは言わせない」
 
 しかし、若くなければ「あの監督、ヤバいぜ」という表現は出ません。これは食らいつく選手が言えるセリフだと思うからです。
 
「ヤバイぜ」・・・予想に反しているということです。
 
「スピーチはいらない」・・能書きは不要だということです。
 


2006年09月23日 00:23 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (27)

「ここは部活かよ・・」

 
 まずは本の抜萃です。
 
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「あの監督、ヤバいぜ」
 
 それに続き
「ここは部活かよ! こんなんじゃJリーグ一年持たないぜ。選手が壊れるよ」とある選手はロッカーでぶちまけた。
 ほぼ全員から不満が漏れた。チェコスロバキアを90年イタリアW杯のベスト8に導いた前任のベングロッシュが極めてソフトな監督だっただけに、その厳しさは余計に際だって受け入れられた。
 
 日本にプロフェッショナルとしてのサッカーリーグが誕生してすでに10年が経過。選手の意識も独立した個人事業主として固定されている。栄えあるJリーガーになったのだ。自分はもう大人だ。なぜ再び高校時代のような厳しい走りを強要されなくてはならないのか。
 
「ナンダヨ、この監督」
 
 と、うめいても不思議ではない。
 
 選手のみならずスタッフにとってもオシムの言動のすべてが未知の体験だった。前日にコーチ陣が「準備をするので明日の練習メニューを教えて欲しい」と尋ねると、「明日の準備をなぜ今日、聞くのだ」と反問された。ある日オシムは突然言った。
「今日はフルコートで3対3をやれ」
 
 勇人は「この人、何を考えているんだ」と思わずごちた。ユース時代にもそんな練習をしたことはない。
 マンツーマンで相手についてボールを奪うと、すぐに繋いでシュートまでもっていかなくてはならない。ボールを持ってから味方を探すとオシムは激怒した。ワンタッチで出せ、イメージを持って動け。
 
 本来は敵味方20人がうごめく広大な空間を、3対3の6人が走り回る。一時でも足が止まる余裕はない。シュートが行けば、GKがキャッチしても、枠に行かなくても、すぐに新しいボールが出されてカウンターが始まる。攻め切れたか、と思った次の瞬間、ディフェンスのステップに切り替えてコースを絞らなくてはならない。
 
「もう勘弁してくれ」と誰もが思った。走る力、走ろうとする意志がなければ、いかに技術のある選手でも存在をアピールできなかった。
 
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 私がキタのは、次の箇所です。
 
「日本にプロフェッショナルとしてのサッカーリーグが誕生してすでに10年が経過。選手の意識も独立した個人事業主として固定されている。栄えあるJリーガーになったのだ。自分はもう大人だ。なぜ再び高校時代のような厳しい走りを強要されなくてはならないのか」
 
 選手になれたこと自体ですごいことなのだと思います。ある意味、スターです。
 そこにはプライドもあるはずです。
 
「俺はみんなとは違う」・・と。
「サッカーやつていた誰もがなれるわけではない」・・と。
 
 オシムは選手を一度、徹底的にレベルダウンさせたのではないかと思います。
 プライドを持っているヤツは、へし折られたと思います。
 彼らは思います。
 
「ここは部活かよ・・」
 
 実際の試合では、相手に先制点を入れられても、水を得た魚の動きに変わりはない・・。
 それは体力だけではなかったと思います。
 
 彼らは「スター」というプライドをたたきつぶされているから・・だとも、言えると思います。
 
 10月4日のガーナ戦のメンバーを見て、メディアは「骨抜き代表」と書きました。その通りです。オシムは選手から「骨」を抜いたのですから・・
 「ここは部活かよ」・・という言葉が物語っています。
 


2006年09月24日 00:42 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (33)

「最初の説得力は結果だった」

 
まずは本の抜萃です。
 
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 監督は、ボールを出してそこでミスがなければOKという感覚を絶対に許さなかった。問題あり、と思うシーンでは必ず中断して注意を促した。とにかく止まるな、ボールを動かしてさらに自分も動けと要求するのだ。
 
 意図はわかる。監督の意図は分かるが、吐き気がするほど苦しい練習を促す相手にすぐに素直になれるほど、人間は素直な動物ではない。理詰めで説得されて、動くほど単純な生き物ではない。勇人はこう思った。「ちょっと勘弁してほしいな。これでうまくいくのかな」
 羽生は「選手たちに対する指導の言葉もきついし、ぶつちゃけ、ナンダヨ・・という感じでした」
 
 最初の説得力は結果だった。
 
 それまでのジェフは練習試合でも格下の相手に苦戦をすることが珍しくなかった。
 ところがこの年はプレイシーズンマッチに入ると、ほとんど相手に勝つことが出来た。
 
「強くなっているじゃないか! 自分たちは」
 
 前年度7位に終わっていたチームに大きな戦力補給はなかった。それでも試合になれば練習で身につけた圧倒的な走力を下支えに相手を寄せ付けない。
 
*************************
 
 抜粋は以上です。
 
 どう見ても選手は好きで練習をしたようには思えません。「こんなことして、何になる」と思っていたようです。
 しかしオシムには、ちゃんとした「計算」があったのだと思います。
 
>最初の説得力は結果だった。
 
 これをオシムの側に言い換えれば、「結果は計算通りに出た」だったと思います。
 
 計算通りに行かせる為には、厳格でなければなりません。
 ひとりだけサボって別の軌道に入られたのでは、チームとしての目的地に到着出来ません。
 
>問題あり、と思うシーンでは必ず中断して注意を促した。
 
 これは計算を実行に移している場面です。
 しかし・・
 
>意図はわかる。監督の意図は分かるが、吐き気がするほど苦しい練習を促す相手にすぐに素直になれるほど、人間は素直な動物ではない。理詰めで説得されて、動くほど単純な生き物ではない。
 
 これは相手の気持ちです。
 でも相手の気持ちにならないところが、オシムだと思います。
 
 彼の頭は、ピッチという三次元と、一年間ほどの時間の流れをも入れた四次元を、両方展開することが出来るのだと思います。それは「理性的なスパンの長い思考」です。
 
 しかし激怒して介入するのはおそらく「感情的な瞬間」の出来事です。
 
 理性と感情を、フルに使えるのがオシムだと思います。


2006年09月25日 00:28 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (26)

「個」と全体

 
 本の抜粋です
 
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「強くなっているじゃないか! 自分たちは」
 
 やっている方向は間違っていない、という意識が選手の中に芽生えてきた。
 その中でオシムは走る練習を加速させていく。3月15日に行われるナビスコカップ直前の練習では、3組に分けてのミニゲームを多用し、出番を待つ組には徹底して走り込みをさせた。この日、姉ヶ崎の練習場では歩いている者は誰ひとりとしていなかった。
 
 段階を経ると、それまでの常識を崩すような練習が繰り返されてきた。
 オシムは言った。
「2チームに分かれて、ハーフコートで1体1でやれ」
 選手は言われたとおりに1オン1を始めた。しばらくすると、力の差が出て片方の選手が押されてきた。成り行きを漠然と見ている両チーム。するとオシムはいきなり、負けている選手のチームに向かって言った。
 
「お前ら、なんで助けに行かないんだ!」
 
「?」言われた意味が分からない。監督は1体1をやれと言ったではないか?

 「1体1で攻めきれずに苦しんでいるのなら、サポートに行って2対1にすればいいじゃないか」
 
 日本的思考でいけば監督の最初の指示に従っているのだ。だいいち1体1で助っ人が入ったら、フェアーじゃない。
 ところがオシムは実践で1体1が5秒も6秒も続くシチュエーションはない。なぜ指をくわえて見ているんだと言う。漫然とメニューをこなすな。自分で考えろ、と言う。
 
「ディフェンスがもし点を取られそうになったら、守っているほうも負けずに助けに行くよ」
 
 最終的には5対5,6体6というように、人が増えていく。
 
「このスペースでやっているのに6人も7人もいたらコンビネーションも何もできないじゃないか。そうしたらディフェンスが有利になるから、今度は攻撃は行かなきゃいいんだ」
 
 理解さえしていれば、やっていけないことは、何も無かった。最初にパスを足元に入れて始めろ、と言われても、裏に出したほうがうまくいく場合は、そちらを選択してもオシムは何も言わない。
 
********************
 
 抜粋は以上です。
 
 オシムにとって「パーツ」が独立して存在することは、有り得ないのだと思いました。
 
 我々は基本は基本として、切り離してバッチリやる傾向があります。
「基本が大事だ」・・とか言って(笑)。
 
 しかしオシムには、「基本」は無いのだと思いました。
 一見、基本をやっているようですが、常に全体に組み込まれた基本なのだと思います。
 
 いわゆる基本というのは、「個」に当たると思います。
「個」を伸ばし、それが11人集まれば素晴らしいチームになるというのが普通の考え方です。
 
 しかしオシムは、「個」と全体を切り離して考える瞬間は、無かったのです。
 
 これは我々が時空を考察するときの参考になりそうです。


2006年09月26日 00:10 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (33)

「聞いてない」

 
 本の抜萃です
 
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 Jリーグが開幕した。緒戦で東京ヴェルディを2−1で破り、2節の大分トリニータも4−0で勝利を手中に収めた。
 
 開幕2連勝。上々の立ち上がりとメディアは讃え、トリニータの小林伸二監督も「J1昇格後、最も戦慄を覚え、影響を受けた試合はジェフとの一線」と振り返る。
 
 しかし、オシムは満足していなかった。
「大分には偶然に勝ったに過ぎない。立ち上がりに2点、たまたま点が入った。だからその後コントロールが出来て4−0になったが、決して周囲が賞讃するようないい状態ではなかった」
 翌第3節、ヴィッセル神戸戦。予想していたかのようにホームで0−3で完封負けをすると、オシムは今、と判断した。
 
 4月19日。ガンバ大阪との試合前、ベンチスタートのイメージを持って来ていた勇人は突然、羽生とともに先発出場を申し渡された。
 
「えー、何も聞いていないよ!」
 
 オシムは練習試合でも公式戦でも出場選手をいつもゲームの直前に言い渡す。この日もそうだった。
 ここ数年ジェフを支えてきたふたりのベテラン選手に代わって起用されたのは、まだ先発出場のなかった21歳の勇人(171センチ)と23歳の羽生(166センチ)だった。
 
 勇人は「自分はまだ経験がないからとにかく走ろう」と決意してピッチに飛び出していった。
 この起用は当たった。前半29分には勇人が、同じく44分には羽生がゴールを決めた。勇人はボランチの位置から、積極的に飛び出し、羽生はトップの下で働き蜂のようにクリアボールを拾いまくった。
 
********************
 
 引用は以上です。
 
 飛び出していったふたりが目に見えるようです。
「自分はまだ経験がないからとにかく走ろう」というのは、「監督はとうとう俺の才能に気づいたか・・。俺だって国体では一位になったんだ。その技を今見せてやる」とは、正反対です(笑)。そういう思い上がりは、練習ですでにへし折られていたはずです(笑)。
 
 つまり彼の意識は「中心」であろうとする自分から、外れていったと思います。
 それは羽生とて同じです。「トップの下で働き蜂のようにクリアボールを拾いまくった」という表現が物語っています。
「ぶつちゃけ、ナンダヨ・・」と思った頃の羽生とは大違いです。なんせ、働き蜂になってしまったのですから・・(笑)。
 
 それにしても起用した二人が点を入れたとき、オシムは「計算通りだ」と思ったに違いないと思います(笑)。
 
 オシムを幕末の官軍大将、大村益次郎と比較するのは多少場違いかも知れませんが、私は似ているところを感じます。
 
 大村は計算ずくでした。味方に弾の数を計算して持たせたのです。「幕府軍にはこれだけで勝てる」と・・(笑)。
 しかし戦闘が始まり一時間ほど経つと、現場の大将の伝言をもった兵士が大村の元に走ってきます。
「もうすぐ弾が無くなります。敵は手強いです」
 大村は時計を見てつぶやきます。
「今頃弾が無くなった頃だ・・勝負もついた頃だ」
 そうです。その時刻に味方は勝っていたのです。
 
 明治維新は時流の流れだとは、思っていません。官軍は計算された技術で勝ったのです・・というのが私の仮説です。
 この場合、官軍の兵士は大村の駒です。大村の計算を実行するための駒です。
 
 ジェフ千葉とて同じだと思います。
「駒」はそんなことは「聞いていない」と言います。聞いていたら、駒ではなくなるからだと思います。前日から萌え上がってしまいます(笑)
 駒であるためには、できるだけ当時に言う・・。
 それが駒が駒となり、監督の計算の駒と化するのです。
 
 駒となれない幕府の武将たちは、新撰組の美談は残しますが、勝つことは出来ないのです。


2006年09月27日 00:15 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (31)

「血気盛ん側」と「計算側」


 きょうは本の抜萃はありません。
「オシムの言葉」という本は、8割近くまで読みました。完全には読み切りません。なぜなら、読み終われば、テンションがそこで終わってしまうから(笑)。
 
 最近このブログに、「計算」という言葉が出てきます。それは8割まで読んだところで、私がオシムに感じたフレーズだからです。
 
 昨日から大村益次郎が登場しました。
 彼も「計算」の人間だと思います。
 
 映画「ラストサムライ」では、クムクルーズ属する幕府騎馬隊が抜刀して官軍側に突撃するとき、大村ひとりが慌てて逃げ始めました(笑)。
 そういう「血気盛ん側」に、「計算側」は弱いのです。
 
 しかし「血気盛ん」は、新撰組もそうでした。
 そういうのは、みんな負けるのです。
 マンモスの時代だって。「血気盛ん」で勝てたとは思えません。
 
 ドイツワールドカップでは、「計算」がほとんど無かったのではな