フリーキックだけじゃつまらないペルー戦(それはアソビがあったからか?)

 
 中国から帰ってきて、録画でペルー戦を見ました。
 中村俊輔のフリーキックから2点が入りました。
 しかしフリーキック以外の見せ場と言えば、後半5分くらいでした。
 その時間帯はオシムサッカーが、まるで絵に描かれたようでした。
 なぜああいうシーンを、俊輔がピッチにいる間に、なぜ見ることが出来なかったのでしょうか・・。
  
 車のハンドルにはアソビがあります。
 私が学生時代に載っていたトヨタ・スプリンターには、わざとアソビをゼロにしてもらっていました。
 タイヤの動きがきっちりとした歯車を伝わり、100%私の手にきました。
 ちょっとハンドルを切れば、タイヤもそれにつれて動きました。
 まるで後半の五分間のようでした。
 
 しかし今は、アソビのある車に乗っています。
 なので、乗っている間は「ちょっとの自由」が可能です。
 音楽CDを入れ替えるために少しくらい体を動かしても(同時に手も動いても)、タイヤには影響がありません。
 サッカーに例えれば、ドリブルのような感じです。他とのつながりが、ある程度切れている状態です。
 
 俊輔や高原が存在することで、そこでひとつの「ワンクッション」のような現象が起きたのではないかというのが、私の仮説です。つまりハンドルのアソビが発生したのです。
 
 時空は運命を決定しています。
 その仕組みは、アソビがあるシステムでしょうか、それとも無いシステムでしょうか・・。


2007年4月 2日 20:03 | 投稿者:森田 健(もりけん)

個人主義から全体主義へ

 まずは本家のブラックホールにアップされた記事をまとめてみました。
 
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 07年の初戦。初招集した中村が2得点に絡んだ。高原がゴールを決めた。6万大観衆が快勝に酔いしれた。だからこそ驚かされた。試合後の指揮官は不満しか口にしなかった。 
「中村の改善すべき点はプレースピードを上げること。特別なことをしようという重圧もあったのかもしれない。1本1本すべてナイスパスを出そうとしていた。そんな選手は世界にもいない。天才ぶりは何回かに1回でいい。いつも天才ぶりを発揮しようとすれば無残になる」
 
 同じ欧州組でも高原に対しては得点だけでなく体を張ったドリブル、周囲を生かした動きを評価。「ブンデスリーガでプレーできていることが偶然ではないことが分かった」と絶賛した。さらに終盤に投入した水野、家長、藤本の若手について「1タッチが増えアイデア、エスプリ(機転)の利いたプレーが増えた。これが日本の目指す路線」。まるでこの日の中村とは180度違うと言いたげだった。
 
 その意味は数字に表れた。前半のシュートは、わずかに3本。中盤でミスが多く、ボールは回らない。人は動かない。後半残り5分間のシュート数は4本(前後半で10本)。相手が疲れたとはいえ、「特に若い選手3人(藤本、家長、矢野)を入れた後はスピードが上がり、ワンタッチのプレーが多くなり、エスプリの利いたプレーが見られた」と絶賛した。
 
 欧州組が合流したから勝った、という見方をオシム監督はあっさりと否定した。終了間際5分のサッカー、つまり俊輔、高原を下げ若手を入れた後こそが「日本のサッカーが目指すのもの。理想だ」と強調した。
 
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 相手が疲れたからエスプリの効いたプレイが出来たとすれば、日本は永遠にダメでしょう。
 
 疲れを理由にしてしまえば、オシムがいくら何を言っても無駄でしょう。
 
 私はテレビを観戦しているとき、背番号などほとんど気にしていたくありません。ゴールしたあとその選手が××だったと言われて、初めて気が付きます。
 オシムが監督になって以来、そういう観戦の仕方に余計に快楽を感じるようになりました。
 誰もが個を主張することなく、ひとつの大きな波のように攻撃を繰り返す・・。
 
 個人主義から全体主義へ・・。
 
 これは今の歴史の流れに逆行しています。
 ベルリンの壁が崩壊して、今世界は「個」を際だたせることに躍起になっています。
 アメリカが「自由を守るために戦う」と言えば、誰も反対出来ません。
 
 私は今回の中国紀行で、安倍晴明の文献を渡されました。それを編集したのは占いの達人達でした。彼らは夕食の席を設けて、日本的なものの良さを私の喋りました。
 そして最後に私に振りました。
 
「森田さんのスピーチが聞きたい」
 
 私は中国発の占いが世界に広まる事で、個人主義が崩壊するのではないか・・と言いました。
 目線は自分ではなく、周囲に向けなければならない・・とも言いました。
 
 実はこれは、オシムがやろうとしているサッカーと共通するものがあると思うのです。
 


2007年4月 3日 16:49 | 投稿者:森田 健(もりけん)

10人にひとりが世界を変える・・

 
 中央高速道路には、いつも渋滞するところがあります。
 その原因がずっと分かりませんでした。
 インターチェンジからの車の進入があるわけではなく、一本道でずっと続いているにもかかわらずです。
 
 調べた結果、その先にちょっと長いトンネルがありました。そして10人にひとりが、そのトンネルの前で、少しだけスピードを落とすのが原因だったのです。
 
 10人にひとりがスピードを落とすだけで、20キロにも及ぶ大渋滞が起こっていたのです。
 これに対しての対策は、「ここでスピードを落とさないで下さい」という表示を出したのです(笑)。
 異例の表示だと思います。
 ただしこれは、私が二十代後半のことなので、今もこの表示があるかは、分かりません。
 
 サッカーはキーパーを除けば10人でプレイしています。
 
 前述の中央高速の理屈が当てはまるとすれば、10人のうち、たったひとりがボールの動きを減速させるだけで、「渋滞」は起こるのです。
 
 昨日の書き込みをもう一度載せれば、
「前半のシュートは、わずかに3本。中盤でミスが多く、ボールは回らない。人は動かない。後半残り5分間のシュート数は4本(前後半で10本)。欧州組が合流したから勝った、という見方をオシム監督はあっさりと否定した。終了間際5分のサッカー、つまり俊輔、高原を下げ若手を入れた後こそが「日本のサッカーが目指すのもの。理想だ」
 
 くどいようですが、90分間の10本のシュートのうち4本が、中村俊輔らが消えたあと5分間に打たれているのです。
 
 中村俊輔は「溜め」を作ったのだと言った人もいました。
 中央高速の理論が正しければ、それが原因かも知れません。
 
「ここでスピードを落とさないで下さい」・・という表示はオシムに言わせれば「中村の改善すべき点はプレースピードを上げること。特別なことをしようという重圧もあったのかもしれない。1本1本すべてナイスパスを出そうとしていた。そんな選手は世界にもいない。天才ぶりは何回かに1回でいい。いつも天才ぶりを発揮しようとすれば無残になる」ということです。
 
 これは、私たちの生き方にも関係しそうです。
 私たちは、「一回ぐらいいいや」と思うことが多いです。
 そういう気持ちがどこかにあれば、「森田さん、明日の朝は6:30に能力者のところにいきましょう」という言葉は出ません。
 私が連れの重い腰を上げさせるのではなく、連れが私に言っているのです。
 占ってもらうのは私だけであり、記事を書いて成果を得るのも私だけなのにです。
 
 タクシーに乗らない件も同様です。29回の中国紀行で一回でもタクシーに乗れば「渋滞」があると思います。
 
 10回に一回が世界を変える・・
 
 10人にひとりが世界を変える・・。
 
 オシムが中村俊輔の出る試合をチェックしないわけがありません。中村俊輔は常にキーマンだからです。他の選手と同様に・・。


2007年4月 4日 20:11 | 投稿者:森田 健(もりけん)

「10人いれば、10人全員がブレーキを踏むことになるのです」

 中央高速で10人にひとりがトンネルの前で減速したとします。減速するということはブレーキを踏むことです。
 とすると、後続車もブレーキを踏みます。踏まなければ前の車にぶつかってしまうから・・。
 つまり中央高速を走る車の全員がブレーキを踏むことになるのです。
 
 10人いれば、10人全員がブレーキを踏むことになるのです。
 
 オシムは言いました。
「中村俊輔は1本1本すべてナイスパスを出そうとしていた」・・と。
 
 これは一瞬の時間が遅れることを意味します。
 でも彼の遅れは、中央高速でのブレーキと同じです。
 全員に波及するのです。
 
 中央高速とサッカーは別だという反論があるかも知れません。
 そんなことはありません。
 高速道路は一本です。
 サッカーもボールはひとつです。
 
 オシムは本当に鋭いところを突いていると思います。 


2007年4月 5日 19:13 | 投稿者:森田 健(もりけん)

オシムは日本人にピッタリの戦法を編み出した


 前ジーコ監督は最後の記者会見で言いました。
 
「日本人は体格が小さいので、それを何とかしない限り、無理だろう」
 
 それを聞いた多くの人は「だったら始めから、監督になんかなるなよ」と思ったに違いありません(笑)。私もそのひとりです。
 でもこれは真実を突いていると思うし、体格の良い外国勢とは永遠に張り合えないと思っていました。
 だってボールを持つやいなや体格の良い相手チームが寄ってきて、立ちはだかります。
 日本勢は虫けらのように飛ばされます(笑)。
 しかしオシムになったら違いました。
 
 ボールはワンタッチで出せ・・
 
 相手が駆け寄る暇はありません。
 しかも慣性の法則が適応されているとすれば、質量(体重)のあるほうが方向転換は難しくなります。
 私は思いました。
 オシムは日本人にピッタリの戦法を編み出した・・と。
 
 ワンタッチプレーは、まだ利点がありそうです。
 相手に方向性をつけさせないことだと思います。
 右へ左へパスがつなげば、相手はどこを守れば良いのか、見当を付けにくいです。
 つまり相手を拡散させる働きがあると思います。
 
 これは電波の発信源を、色々な方向から検知するという手法にも似ています。
 
 今、本家のメインコーナーでは、ワンタッチプレーのような書き込みとなっています。
 直感系の翌日は計算系、その翌日は街の占い師・・という感じです。
 こうすることは、メインメモリに浮遊される効果を発揮します。
 
「数で勝負」というフレーズも出ましたが、それにも関係します。
 ペルー戦では後半残り5分間のシュート数は4本(前後半で10本)でした。これはある意味、数で勝負なのです。もしも最初からこのプレイがなされていれば、私はもっと高い得点で勝てたような気がします。
 だってそうでしょう。5分で4本のシュートが撃てれば、90分なら72本です(笑)。 
 オシムはでかいものを狙っているのです。
 


2007年4月 6日 20:11 | 投稿者:森田 健(もりけん)

オシムはユングのように思える

 
 通常のサッカーならば、いいパスをしたり、いいアシストをしたり、得点に関係したりする人を褒めます。
 そういうことが結果に繋がると思っているから・・。 

 しかしオシムのコメントを読むと、まったく違うことが分かります。くどいようですが、もう一度載せます。
 
「中村の改善すべき点はプレースピードを上げること。1本1本すべてナイスパスを出そうとしていた。そんな選手は世界にもいない。天才ぶりは何回かに1回でいい」
 
 そして、俊輔、高原を下げ若手を入れた後こそが「日本のサッカーが目指すのもの。理想だ」と言っています。
 
 ひとりがブレーキを踏めば、全員が踏むことをオシムは知っているのです。
 なぜこんな視点が生まれたのでしょうか・・。
 
 中国に行くと「全体の流れ」という感覚が強まります。
 オシムはそういう感覚を持っているのです。
 
 心理学者で言えばオシムはユングだと思います。
 


2007年4月10日 19:55 | 投稿者:森田 健(もりけん)

意識対無意識の試合

  
 意識は無意識に対して0.5秒遅れるそうです。
 
 オシムが「早くパスを出せ」というのは、おそらく0.5秒未満も含まれると思います。
 ということは、知覚が意識領域に届く前にパスしろということです。
 
 これが実現すると、選手は無意識層で試合を運ぶことになります。
 それは光や音が、あとからついてくる感じです。
 
 それは不確実性の中での仕事になると思います。
 
 中村俊輔は、確実性を狙って、ナイスパスを出したそうです。
 オシムはそれを怒りました。
 
 ところで不確実だと相手に取られるという先入観がありそうです。
 せっかくマイボールにしたのに不確実に蹴ってはもったいない・・
 特に中村俊輔は、セットプレーに強い選手です。確実性の中ではピカイチの力を発揮します。
 でもそれは・・・
 
 サッカーに素人の私ですが、0.5秒未満のパスは、意外に取られにくいと思います。なぜなら相手の知覚領域も超えているからです。
 
 もしも相手が確実性のサッカーを仕掛けてきたとすれば、それは意識対無意識の試合になるのだと思います。 


2007年4月12日 22:30 | 投稿者:森田 健(もりけん)

試合の前に勝敗は決定されている

 
 0.5秒以下の早いパスは無意識領域での勝負となります。
 
 今までのレスの中に「相手が認知できないスピードなのでこちらの思うような試合が展開できます」という書き込みがありました。
 これは違います。味方すら、認知できないスピードなので「こちらが思うような」は無いと思います。
 また「味方にとって創造的な試合ができる」という書き込みもありましたが、「創造的」などという死語の言葉も、オシムの試合では無いと思います。
「創造的」なのは俊輔のほうです(笑)。
 
 オシムはどこかの試合を見に行ったとき、「このメンバーでは勝てない」と即答しました。オシムにとって勝敗は、試合の前に決定されているのだと思います。
 
「蓋を開けてみなければわからない」というのは、意識が試合をするときだと思います。


2007年4月14日 10:32 | 投稿者:森田 健(もりけん)

オシムは確率の世界に、いないのではないでしょうか

 
 前の書き込みは、「蓋を開けてみなければわからない」で終わりました。もしもそうでないとすれば、試合をする前にすべては決まっているということになります。
 
 私は運命の研究をしていて、「すべての運命は決まっている」という仮説をとっています。しかしこのブログで言う「すべては決まっている」には、そこまでの意味はありません。
 
 ここで言う「すべては決まっている」は、オシムの頭の中の話です。
 
 今までの監督は確率の世界にいたと思います。
 ジーコ前監督は、勝てる確率が高そうな選手を選びました。
 確率とは、過去の実績をもとにはじき出される数値です。なので過去に活躍した選手から抜擢しました。彼らは皆、すでに有名人であり、ファンタジスタの集まりになったわけです。
 
 しかしオシムは違うと思います。
 彼は確率の世界を持ち込んではいないと思います。
 
 確率はアナログの世界です。
 オシムはデジタルの世界にいるような気がします。


2007年4月18日 21:17 | 投稿者:森田 健(もりけん)