オシムは日本人にピッタリの戦法を編み出した


 前ジーコ監督は最後の記者会見で言いました。
 
「日本人は体格が小さいので、それを何とかしない限り、無理だろう」
 
 それを聞いた多くの人は「だったら始めから、監督になんかなるなよ」と思ったに違いありません(笑)。私もそのひとりです。
 でもこれは真実を突いていると思うし、体格の良い外国勢とは永遠に張り合えないと思っていました。
 だってボールを持つやいなや体格の良い相手チームが寄ってきて、立ちはだかります。
 日本勢は虫けらのように飛ばされます(笑)。
 しかしオシムになったら違いました。
 
 ボールはワンタッチで出せ・・
 
 相手が駆け寄る暇はありません。
 しかも慣性の法則が適応されているとすれば、質量(体重)のあるほうが方向転換は難しくなります。
 私は思いました。
 オシムは日本人にピッタリの戦法を編み出した・・と。
 
 ワンタッチプレーは、まだ利点がありそうです。
 相手に方向性をつけさせないことだと思います。
 右へ左へパスがつなげば、相手はどこを守れば良いのか、見当を付けにくいです。
 つまり相手を拡散させる働きがあると思います。
 
 これは電波の発信源を、色々な方向から検知するという手法にも似ています。
 
 今、本家のメインコーナーでは、ワンタッチプレーのような書き込みとなっています。
 直感系の翌日は計算系、その翌日は街の占い師・・という感じです。
 こうすることは、メインメモリに浮遊される効果を発揮します。
 
「数で勝負」というフレーズも出ましたが、それにも関係します。
 ペルー戦では後半残り5分間のシュート数は4本(前後半で10本)でした。これはある意味、数で勝負なのです。もしも最初からこのプレイがなされていれば、私はもっと高い得点で勝てたような気がします。
 だってそうでしょう。5分で4本のシュートが撃てれば、90分なら72本です(笑)。 
 オシムはでかいものを狙っているのです。
 



2007年04月06日 20:11 | 投稿者:森田 健(もりけん)

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コメント

オシムは手元にある武器を最大限に生かして戦うことを考える人なんだと思いました。
だからあるチームの監督をしている間も、違うチームの監督に変わる時も、常に戦術を考え続けているんじゃないかと思いました。
 
慣性の法則とか、相手を拡散させるとか、なんだかサッカーじゃないみたいです。でも手元にあるものを最大限に生かすって、そこまで考えを広げていくことなんだと思いました。
 
ワンタッチプレーって、相手に考える間を与えないだけじゃなく、どこにパスが行くか分からなくて、相手にとっては先読みが出来ない不気味なプレーかもしれないと思いました。

投稿者:ぷく | 2007年04月13日 18:07

体格もほぼ均等な日本人選手がスピーディに走り回ると、もう誰が誰だかわからなくなりそうです。
フォワードもディフェンスもゴールキーパーさえも攻撃参加で見分けがつかず、まるで忍者の分身の術のように相手を攪乱しそうです。観戦する側も相手選手を抜けきるかどうか試合中ずっとドキドキはらはらすると思います。

どちらも瞬間の凝縮なのかと気づかされます。
選手たちは前回の試合の反省だとか次の試合の構想などを対戦中に考えているわけがありません。
もう必死で走ってはボールに追いつき即パスすることに徹しているのだと思います。
見る側は瞬間に引き込まれっぱなしの90分間になると思います。
ワンタッチプレーは、その都度意識を越えた何かを引き寄せるのではと思います。
膠着した視点を崩せるように思います。

投稿者:ゆくえ | 2007年04月09日 22:22

 日本人は体格が小さいという事実は貴重なデータであると思います。
 ジーコ監督をそれを否定しているよう感じがするのにたいし、オシム監督はデータとして受け取りではそれをどうするかとデータを生かす作業をされておられるのではないかと思います。
 当然オシム監督はその日本人の特徴は早くから把握されていたのかと思います。
 でも、それをデータとして扱うことで全肯定されているのかと思います。
 
 ワンタッチプレーで数打つプレーをすることは、一見三次元上では効率的ではない作戦のように見えて、実は日本人のデータから生まれたかなり効果的な戦略と言えるのだろうと思いました。
 

投稿者:しん | 2007年04月08日 23:10

>「日本人は体格が小さいので、それを何とかしない限り、無理だろう」

・・・(TT)。たとえ、イエローカードやレッドカードを出して貰ったところで、ぶつかって、吹っ飛ばされて、怪我や骨折してしまったら、元も子もないです。

高校のバスケのスポーツ推薦の基準が180cm以上だとか、大学のアメフトに野球をやっていて、2m近いからとスカウトされたり、どこか体格勝負のところがあります。
日本人もスクスク育ってきましたが、やはり外人には全般的に負けているでしょう。

ワンタッチパス、拡散した時に俊敏に動ける小柄な利点、そして方向性が掴めないと体当たりされにくいです。
日本人選手の特性を活かすことを本当に考えていると思います。

メインも拡散されています。(ФФ)
これは、一つの方向性へ向かって、思考が走り出す事をセーブします。視点移動も頻繁になります。

回転が良くシャープに、脳がスリムになる!?

投稿者:yuyu | 2007年04月08日 22:35

ワンタッチプレーは、プレーの選択肢を広げるし、相手を攪乱しやすいと思っていましたが、体格的な差を補い、有利に働かせる狙いもあったのだと、改めてオシムの采配に唸りました。
ジーコ監督が最後の最後で言い訳にしたことが、しっかり作戦の中に生かされているというか、オシムは「日本人にあった日本人のサッカーを」ということを以前から言っていたので、本当によく考えているなと思います。
 
一般的なチームであれば、誰が点を入れるのかは大体決まっていると思いますが、オシムのチームでは、誰が点を入れるのかまったくわからないという面白さがあると思います。
FWだけではなく、時にはDFがゴールを決めることもあるし、本当に役割が決まっていない、誰が入れたか、何番が誰か、なんてことはどうでもいいという感じがします。
ゴールを決めた人が次の試合に必ず出られるとも限らないし・・
 
メインコーナーでのワンタッチプレーも、何が時空の解明に繋がるのかわからない、思わぬ事柄が思わぬところに発展したりする、そういう面白さがあると思います。
 
一人だけでできることはたかが知れていることを思えば、でかいものを狙うと自然とそのような戦法になるのだと思いました。

投稿者:くるみ | 2007年04月08日 16:11

体格の差というのは、他の競技でも感じることがありますが
それが理由なのかなと思っていた競技でも
日本の選手が上位を占めるようになった種目が
あります。
そういうときは、ひとりではなく上位を二人とか三人とかが
占めたりして、「えっ。」どうして、この種目が日本が強く
なったんだろうと思うことがあります。
そういう場合というのは、体格ではなくて、監督やコーチの
采配だったりするんだなと、ブログを読んでそう思いました。
去年のあるサッカーの国際試合を見たときに
日本のパスがゆっくりに感じたのですが、
それがワンタッチで出してないからそう感じたんだと
やっとわかりました。
早い展開(パス)の時はみていても、ボールの動きに惹きこまれました。
日本の選手にあったプレーを編み出したオシム監督の采配する試合を次は見てみたいなと思いました。


投稿者:こっこちゃん | 2007年04月07日 23:54

ワンタッチプレーは、相手にとってみれば、対策が立てようが無いと思います。
防ぐには、運動量を上げるしかないと思います。
その日の試合しか頭に無ければ、セットプレーで華麗に決めて勝ったことに満足するのだと思います。
しかし、その試合を見ていたすべてのチームから、対策を立てられて封じられる可能性が高いです。
ワンタッチプレーは、つかみどころが無い上に、どこからでもシュートにつなげられるので、10人すべてが生きてくると思います。
だからこそ、一人でも足を引っ張れば10人が生きられないのだと思います。

投稿者:よねこ | 2007年04月07日 23:15

ワンタッチプレーを動きながらしていればスペースを最大限に利用している事になります。まるでネットワークを思い出します。サッカーにおいてよくスペースを利用しろと解説者の方々が口を揃えて言います。オシムはスピードを上げて動きながらワンタッチプレーを進めるのは時間と空間を最大限に生かしていると想います。そのためには身軽に動きまくるスタミナ(忍耐)が欠かせない日本人らしさを生かしているとも想いました。

投稿者:じんのり | 2007年04月07日 19:04

 オシムの戦略を一番理解しているのはもりけんさんじゃないかと思いました。
 日本人の身体の特徴に合わせてチームのスタイルを考えているのはスポーツにおいてとても基本的な事だと思いますが、これが実行できるがどうかが監督の力量だと思いました。
 監督の好みのスタイルをチームに当てはめるのか、選手に合うスタイルをチームに当てはめるのかは、「オレにボールを回せ」という個人主義と「皆でパスを回せ」の全体主義の違いなのかなと思いました。

投稿者:すーりん | 2007年04月07日 19:02

オシム監督が日本に来て
自分でさばいた魚をつまみにして
日本酒を飲むのが好き・・とゆうのを
HPの書き込みで読んだ記憶があります。
 
監督はその土地でそこの魚をさばき
その土地の酒を美味しく飲んでるのか・・
と思います。
 
監督は選手を駒のように扱っている
かもしれないけれど、自分(監督)こそ
いちばん・・
選手を見て「勝てる」いちばんの戦略を
考えているんだと思いました。
 
私はこうだからムリ・・と、決め付けて
おわっていいのかと思いました。
 
ほんとの肯定は、もしかすると、
自分はこうだから・・とゆうのを消してでも
戦いに挑んでゆくことなんじゃないかと
思いました。
 
でもそれをするのはすごい大変だと思います。
口で言うのは簡単です。
それを出来るのが、
ほんとの努力かもしれないと思いました。 

投稿者:こはな | 2007年04月07日 17:25

世界のトップクラスのチームには必ずと言って言いほどスター選手がいます。
ゲームは彼らを中心に行われます。
他の選手はスターを支えるために存在しているようにも見えます。
だから常にチームには核とか中心が存在する形になります。
 
以前メインコーナーでもありましたが、日本がワンタッチプレーを取り入れることで常に固定された「中心」自体がなくなります。
中心を無くすことで、様々な角度や位置から攻め込むことが可能になるのでしょう。
 
ディフェンスがボールを競り勝ちそのまま上がりつつパスを出し、すぐにオフェンスに切り替わる等という変幻自在なプレーが相手を翻弄するのだと思います。
まるで昔に物語で読んだ忍者集団みたいです。
 
中心が固定すると意識の0.5秒というロスが発生するのかもしれません。
だから相手に考えない隙を作るには、こちらも作為という意識を無くす必要があるように思えます。
 
チーム全体が流れの場を作り出すことで、相手チームは固定点と化し、停止しているように見えるかもしれません。
全力の個で構成された全体という場は最強かもしれません。
スタンドアロンな個は太刀打ちできないと思います。
 
相手のスター選手が武蔵に対峙した佐々木小次郎にふと思えました。

投稿者:でるた | 2007年04月07日 16:23

サッカーにおける視点を限定的な方法論で展開させるのでなく、フィットするやり方、つまりパスでつなぐやり方に転換したということは、サッカーはこういうものであるという視点から、どうしたらサッカーが、上手くできるかという視点に思えました。 
 サッカーをするということにおいては、サッカー選手は同じくくりの中にいると思います。アプローチの仕方は、千差万別なのだと思いました。オシムは、ワンタッチプレーでより多面性を持ったやり方、それはひとつの型にとらわれない流動的な攻撃と守備という両面を全員が兼ね備えなたものだと思いました。それは、詳細な現状認識と科学的な確率という計算にももとずいたものでもあるのだと思いました。

投稿者:YK | 2007年04月07日 13:29

日本人向きの戦略というのが、体格の小ささを有利に持っていく方法とは全く気づきませんでした。
それでも、例えば、同じような体格だったとしても、ワンタッチプレーだと相手も攪乱されてしまうのではないかと思いました。 
 
そういうプレーが世界でも主流になってきたら、(サッカーの事もよく知りませんが)同じ戦略では勝てなくなるだろうとは思いますが、今は他ではやってない事だろうと思いますから、早くそういうプレーを身につけてかたちにしていくことで、強いチームになる事が出来るのではと思います。

また、数をこなすということでは、少ないチャンスを生かそうとする場合はプレッシャーもかかりやすくミスにも繋がりやすいのではとも思うのですが、たくさんのチャンスがあれば、よりリラックスして出来ると思いますし、試合自体が練習のようでもあると思います。数をこなす事で上達もすると思いますし、確率的にも入ると思います。
日本の中では選ばれた人達であり、上手な選手ばかりのはずです。結果がでないはずはないと思います。
 
 
メインコーナーがワンタッチプレーのようだとは全く気づきませんでした。いろいろ戦略を立てながら書き込まれているのだろうなと思います。

投稿者:敬子 | 2007年04月07日 09:25

>「日本人は体格が小さいので、それを何とかしない限り、無理だろう」
こういった前提があると、それを何とかしようとする場合が多いと思います。正面突破です。でもオシムは側面から来ます。
体格が小さいからこそ出来ることもあるのです、そこをちゃんと逃さない。
ワンタッチプレーで相手に駆け寄る隙を与えず、相手を拡散させ、数で勝負につなげることが出来る・・。
視点が固定していなくて、ものすごく柔軟だと思います。視点や考え方も数多く持てるほうが、可能性も広がります。これも数で勝負、だと思いました。

投稿者:Anonymous | 2007年04月07日 09:23

きょうの書き込みを読んで、6次元の図をイメージしました。
中継点となる個が空洞で、それが、ネットワークでつながっている、図です。

個に重量があれば、方向転換は難しい・・
ボールを持ち続けて、いいプレイをしようとすれば、
6次元の図は、成立しない・・

でも、
ボールをワンタッチでだしたとき、それは成立すると思いました。

そうなったとき、とても軽くて、パスがとても速くて、方向転換は自由自在なので、
体格がよく、重さを持ち、パワーのある側は、
もう、眼がぐるぐる回ってしまうと思いました。

  

投稿者:あかり | 2007年04月07日 07:11

1対1になったとき、体格でまけるのならば、1対1の状況にしなければいい・・ジーコ監督とは視点が全く違うのだと思いました。
体格はどうしようもないです。大きくなろうと、小さいころから牛乳をたくさん飲んだって知れてます。。
ワンタッチでボールを出すのは、足技を披露してる時間はないけど、だからといって簡単にできることでもないと思いました。
考えてたらできないし、かといってパスを出す相手がいないとだめなので、闇雲にボールを出すわけにも行きません。
瞬時の的確な判断と瞬時のワザがいるように思いました。

また、こちらがあちこちにボールを散らして方向性をもたないと、相手ももてないわけで・・。
方向性を持たないことは、あらゆるパターンでゴールに向うことができそうです。
それを守ろうとする相手は大変です。。
一人一人がバラバラで方向性がないのではなく、全体でひとつになり、その中でボールが動き回る・・

確かに、ワンタッチプレーは数を打てるのだと思いました。
考えて止まってしまったら数が打てない・・

1対1が弱くても、シュート力があまりなくても、数で勝負すれば日本人でも十分太刀打ちできるのではと思いました。

メインもワンタッチプレーと同じだといわれて、そういえばそうだ。。と思いました。
1日遅れると、すごく遅れた感じがします。
私はなかなか文章にならずに遅れることが多く、スピードに乗れていません。。
やはり24時間以内に書くというスピードに乗らないと、全体の動きの中に入れないし、浮遊感も味わえないのではと思いました。
同じ数を打つでも、スピードの中で打つのと、遅れて打つのとでは違うようにも思いました。。

投稿者:みっく | 2007年04月07日 07:07

ワンタッチプレーを実現するには、高度な技術と体力が必要に思えます。
しかし、それは個人技ではないという、とても難しいことだと思います。
 
一人ひとりが、運命のままに動くようなことだと思います。
 
ひとりでも、運命を変えようと思ったら、ボールは回らなくなるでしょう。
 
そう考えると、サッカーに限らず、これまでのスポーツの試合というのは、
勝つために「変えよう」「何かを変えよう」「流れを変えよう」という
際限の無い運命変更の試みだったように思えてきます。
 
そして、オシムが言っているのは、一切運命変更しようなど思うな、
思う前にボールを出せ、というようなことはないかと思います。

投稿者:LB | 2007年04月07日 04:11

ただ流れに乗るだけのためにスピード感が必要なのではないと思いました。日本人の体の特性を最大限に生かした戦法を採っているのがわかりました。
メインコーナーもそういう意図があるとは知りませんでした。なるほど、と思ったので、ひとつの方向性から見る見方を続けないで考えてみたいと思いました。
一箇所に留まらない、ということは数をうつことに相当するのだと思いました。

投稿者:てりん | 2007年04月06日 23:01

相手に方向性をつけさせないようにするということは
確かに体格といった相手との見かけ上の差のようなものが
まったく問題ではなくなるような気がします。

メインコーナーでのワンタッチプレーのような書き込みを
追いかけているうちに以外とすべてつながることに
ハッとします。

ワンタッチプレーの「数で勝負」のサッカーは、何だか
相手がいてもいなくても変わらないのではと思えてきます。
空いているところをぬってワンタッチでボールを出していって
シュートする・・。
でもスピードは相当必要になってくるなと思います。

オシムのやろうとしているサッカーは本当に今まで無かった
ものではないかと、それを生み出し形にしようとしていることに
何とも唸ります。

投稿者:まる | 2007年04月06日 22:14

欧州や南米の選手達にワンタッチプレーを命じたら、「なぜ俺がその他大勢の奴らと一緒にされなければならないんだ」と監督に食ってかかるでしょう。
どうでもいいことですが彼らには一生わからないかもしれません。
 
「個」の境界線を無くして全体に溶け込むとはどういう状態なのか、思い浮かべるのは某国のマスゲームの舞踏です。
あれは恐怖政治の強制力があるからだというのも理由の一つではありますが、日本でもやろうとするならば自分以外の何か抵抗できない強力な力が外側から働かないと絶対にやらないと思います。
 
しかし例えば10万人の中の1人として自分がいたらどんな感じだろうかと想像してみると、左足を一歩前に出し、右手を斜め45度上に挙げた時、他の9万9999人がまったく同じ動作をしているのを見たその時、それはとても壮大な爽快感があるのではないかと思いました。

投稿者:イーキン | 2007年04月06日 22:10

>だってボールを持つやいなや体格の良い相手チームが寄ってきて、立ちはだかります。
 
なんか書き込みをよんでるうちにオシムに「悩んでないで…いっそのこと取られないうちにだしちまったらどうなんだ?」と言われてる気になってきました。そうか…あの手足が長くて素早い人たちに捕まる前に…パスに出しちまえばいいのか!となんだか足元うたれるみたいにガーンときました。盲点と思います。さすがに向こうとてパスの速さで走り続けるのは無理だ…ボールじゃ無いから(笑)パスのさきを追って右往左往する相手がみえるような気持ちです。メインも…カキコとカキコの間が浮きっぱなしになるのかなと思いました。なんだか見た事無い光景のようだと思いムズムズします。

投稿者:和佳 | 2007年04月06日 21:18