不思議研究所の外側から・・(初体験)

 
 不思議研究所のメインコーナーに書き込みを終えました。普段この時間は瞑想を行っていますが、きょうはブログ初体験のために、お休みです。
 
 瞑想のあとは、メインサブというコーナーで「独り言」を始めます。
 その一連の書き込みが、私のアウトプットになるわけです。
 
 でもこのブログを始めたことで、アウトプットがもうひとつ増えることになりました。
 
 きょうは、出版社の編集者が見えました。そして次の本の打ち合わせをやりました。
 次の本は「生き方」を書きます(笑)。
 とは言っても、「こういう生き方をしなさい」などとは書きません。むしろ逆です。
 
「それでいいの?」
 
 と問いかけたいと思います。
 そしてその問いかけは、私自身への問いかけでもあるのです。


2006年04月06日 23:12 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (43)

新緑と電波時計

 これを書いているのは、「りんごの部屋」です。果物のりんごがあるわけではなく、私の別名が「りんご」と言うからです。
 
 この部屋は新宿御苑に面しています。
 御苑は今、新緑の季節です。
 この季節は生命的なものを感じさせてくれそうです。
 
 室内に目を向ければ、壁に白い時計がかかっています。CASIO製の電波時計です。
 
 私が小さい頃は、ねじ巻き式の時計でした。きっかり21日間で止まりました。止まった時計は死んだと同じでした。それを見て父が「ギリギリ」と音を立てながら巻きました。すると時計は生き返りました。 
 振り子時計なので、正確ではありません。でもそこに感じたものは、やはり生命的なものでした。
 
「大きな古時計」という歌があります。おじいさんが亡くなった日に止まりました。
 実に生命的な歌詞です。
 
 それに対して電波時計はどうでしょうか・・・
 1秒も違わずに動いています。
 人がひとり死んだくらいでは止まらないでしょう・・。
 電波という「外側」から動かされているからです。
だから生命的なものを感じませんでした。
 
「でした」という過去形で書いたのは、私の捉え方が違ってきたからです。
 
 御苑の新緑は、自分で出たのでしょうか?
 太陽の高さと、昼の長さと、温度の変化によって出たのではないでしょうか・・。
 電波という「外側」と何か違うでしょうか? 
 
 電波時計も新緑も、あまり違わないのではないでしょうか・・。
 


2006年04月07日 11:40 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (20)

「世は無常」でしょうか?

 今、桜が満開です。
「桜は日本的だ」とか、「桜には美学がある」という人もいます。パッと咲いてパッと散るところが潔くて良いのでしょう・・。
 
 たしかに路地裏を歩いているときなど、突然現れた満開のさくらにビックリすることがあります。
 その下を通るとき、花びらが落ちてくると、何ともいえない気持ちになります。
 
 しかし私は、桜が散るのは「根本的」ではないという仮説を持ち始めました。
 
 世界はそれぞれだし、桜の生き方をどうこう言うほうがおかしいという人もいると思います。
 ですがコトはそれですまされません。
 私は、根本を理解できていないからです。
 
 世界は無常だと言う人もいます。さくらが咲いてからの数週間は、それを絵にしたようなものです。
 ですが、世界は本当に無常でしょうか・・。
 
 私は今、中国から伝わった占いを通じて、陰陽五行の世界を研究しています。「私は誰」「世界はどうなっているの」を知るためです。
 でも今まででわかったことは、本元(ほんもと)の陰陽五行のルールは、変化していないのではないかということです。
 
 世の中には法律というものがあります。犯罪が増えれば法律は厳しくなり、規制しすぎれば緩和されます。
 つまりルールは変化するのが我々の社会です。
 
 でも根本の世界は違いそうなのです。
 科学の方程式が次々に発見されてきましたが、あれはたぶん、物理のルールが変化したわけではなさそうです。元々あったルールが発見されただけです。
 
 無常だというのは、表面だけの世界だと思います。
 
 桜が散るのを見ながら「世は無常だ」とつぶやく人は、表面しか見ていないのかも知れないと思いました。


2006年04月08日 10:04 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (30)

「幸せになりたければ読まないで」

 先日、講談社の編集者の方が見えました。次の本の執筆の相談です。
 次の本の仮題は
 
「幸せになりたければ読まないで」
 
 です。
 本のタイトルは重要です。
 6年ほど前に私が書いた本に、「不思議の科学2」というのがありました。
 同胞舎という出版社から出したのですが、そこがつぶれてしまい、角川書店に引き取られました。
 しかし角川でも増刷されることはなく、とうとう絶版に追いやられました。もうダメかと思っていました。
 
 でもその後この本は、アマゾンのマーケットプレイスで、5〜8倍の値段で取引されるようになりました。1,600円だった本が9,000円近くで売られているのです。
 そこに目をつけたかどうかはわかりませんが、2005年10月に講談社が、プラスα文庫として出版することになりました。
 そのとき本のタイトルを変えることになりました。
 
「自分ひとりでは変われないあなたへ」
 
 という題名にです。
 するとどうでしょうか・・。
「不思議の科学2」だった時代よりも、2倍以上のスピードで売れているのです。
 
 本だから中身で勝負といきたいところです。 
 しかし、中身を変えることは大変な努力がいります。
 いえ、素材が同じなのに中身を変えることなど不可能に近いです。
 
しかし・・・
 タイトルを変えるだけで売れ行きが2倍以上になるのです。
 
 ところで私が、どうやって本のタイトルを変えたかと言えば、不思議研究所の所員に公募したのです。そのとき新入所員が考えたのが、「自分ひとりでは変われないあなたへ」でした。
 
 私は何の努力もしていません(汗)。
 
 世の中って、こういうことのほうが多いと思いませんか?
 
 なので次の本は、内容よりもタイトルを考えるのに集中しています(笑)。
 
「幸せになりたければ読まないで」というのは、いかがでしょうか?
 
 もっと良さそうなタイトルがあれば、教えて下さい(笑)。


2006年04月09日 14:34 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (28)

「不可能感覚」が大事

 本の執筆を依頼されたとき、「そんなこと、不可能だ」といつも思います。でも知らないうちに書き上がっています。
 
 なぜいつも、不可能だなどと思うのでしょうか・・・。
 
 逆に考えてみました。
「俺はきっとできる。諦めないで前に進もう」
 と思ったとします。
 それは、とても苦しい状態だと思います。
「諦めないで頑張ろう」という人が本を書いたとすれば、内容もそのスタンスだと思います。
 
 これらがなぜかと言えば、頑張るタイプの人は、「自分」の中に何かがあると思っているのではないでしょうか・・。
  
「幸せ」ということに焦点を当ててみれば、頑張るタイプの人は、「頑張れば幸せになれる」と思っているはずです。
「諦めたらそれで終わり」などとも言うからです。
 
 しかし・・・
 
 私の場合、諦めないと、コトは始まらないのです。
 
 私はいま、「自分はなぜ存在するのか」とか「時空はどうなっているのか」という問いを追求しています。
 でもその答えを得ることなど、不可能だと思っています。
 
 負け戦はしないというのが世の鉄則です。しかし私は、始まる前からすでに負けています。
 
 また逆に考えてみましょう。
 
 根源的な問いへの答えはいつか得られると思っていたら、私はすでに挫折しているはずです。
「俺には無理だ」・・とか言って。
 
 「俺には無理だ」は、最初に書いた「そんなこと不可能だ」とは違います。
 自分に焦点が当たっているか否か・・です。
 
「俺には無理だ」は、自分に焦点が当たっています。
 
「そんなこと不可能だ」は、時間の流れに焦点が当たっています。「自分」など、どうでも良いのです。 
 
 だから「不可能感覚」は意外に大事かも知れないと思います。「自分」を手放すということができますから・・・。
 


2006年04月10日 15:03 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (23)

ネジ巻き人形の私

 今度の日曜日(4月16日)は 私のサイン会です。
 
 サイン会というのは有名人のすることだと思っていますから、「非有名人」+「凡人」の私には場違いの事です。
 
 それでも出版社から「是非やってほしい」と言われ、重い腰を上げた次第です。でも私はネジ巻き人形ですから、動き出せばバッチリこなします。
 
 字が下手なので、二三日前から練習に入ります。それでも芸能人のようには、スラスラと書けません。一字一字、丁寧に書くだけです。ネジ巻き人形のように・・。
 
 午前二時間、午後二時間×2の枠があり、それぞれ150人ずつの予定ですが、予約は昨日の時点でそれぞれ220人ほど入っています。
「250人で打ち切りましょう」
 と言われているので、その日一日で750人にサインします。
 
 サイン会が決定されたのは二ヶ月前です。そのとき初動としてのネジが巻かれました。
 通常、美容院に行った以後、髪型が安定するのにしばらくかかるので、3月末に美容院に行きました。
 
 服を何にしようかと悩んだのですが、サインするDVDブックの表紙に使われた服に決めました(下に載せておきます)。
 一日着ていると結構暑いのではないかと思い、会社で一日着てみました。
 意外に大丈夫でした。
 
 さて、ネジ巻き人形は一度動き出すと止まりません。私がそれです。
 惰性でどこまでも進んでいきます。私がそれです。
 内部に進路変更をするための思考回路を持ちません。私がそれです。
 しかもスイッチは外側から入ります。私がそれです。
 
 でも、もしかするとサイン会に来てくれる人も、ネジ巻き人形かも知れません・・。整理券を渡されて、列に並んで、サインもらって帰宅する・・・。
 
 あう・・・
 
 サイン会に来てくれる人に、こんなことを言って良いのでしょうか・・。

ヤバイッすか・・
  
銀の服


2006年04月11日 10:11 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (21)

「神の手が動き出す」

 きょうは私のDVDブック 「究極のいい運命へ 神とつながれ」の発売日です。
 3週間前に予約キャンペーンを行ったので、発売日のきょうは何もしません。
 
 なぜこうしたかと言えば、発売日にキャンペーンを行うと、増刷で時間を食い、アマゾンなどで買ったお客に対して何週間も待たせることになるからです。
 
 おかげさまで、アマゾンでの予約キャンペーンのみで、在庫を売り切ってしまいました。つまり発売前に売り切れになりました。
 
 出版社はすぐに増刷にかかり、本日の発売日に間に合わせることが出来ました。
 なので、予約した人にはすぐ本が行くだけでなく、今から買う人にもすぐに本が届けられることになります。
 
 今回のDVDブックは、読む人の思考を完全にひっくり返すはずです。
 
 だって、神は今まで、身動き一つ取れなかったと書いているのです。神すら、決められた運命に流されてきただけだからです。
 
 それが今、やっと動き出すのです。そのことを
「神の手が動き出す」
 と表現しています。
 
 今まで神に祈ったり、神社で願掛けをしても、神は固まったままそれを見ているしかありませんでした(汗)。
 なのに自分だけ幸運に恵まれようとして、お賽銭なんか投げていました。
 10円にしといて、良かったです・・。
 
 しかし去年、神の手が動き出したことが確認されました。
 どうやって確認したかは、DVDブックの中で説明しています。
 動かしたのは、私たち人間です。
 
 神の下に人間がいるって?・・とんでもありません。そんなことを言う輩は、縦型の思考なのです。私に言わせれば、彼らは今までの神と同じくらいにガチガチです。
 
 本当は、神と私たちはまったく対等なのです。
 
 そんなことを表現しているDVDブックが、きょう発売されました。
 
 運命の変更方法が鮮やかに描かれています。
 
 一応、写真も載せておきます。
 
DVDブック「神とつながれ」


2006年04月12日 10:24 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (22)

謙虚に生きて、どうすんの?

「謙虚に生きなさい」と言う人は多いです。
 
 どうも世の中では、謙虚である事が美徳とされているようです。私にはそれができません。
 
「謙虚に生きなさい」と、人に言う目的はいったい何なのでしょう・・。きっと相手が自分よりも出しゃばってくるのが嫌いのなです。だから相手には「謙虚さ」を押しつけるのです。
 
 本当に謙虚な人は、人に対して「謙虚であれ」などと言うはずが無いです。人に言う事自体がすでに謙虚から外れているからです。
 
 でも私は、人に言わない謙虚ですら、できません。
 
 私たちはなぜこの世界に存在しているのか、存在されられたのか、その根本が分かっていません。なのに謙虚になんか、生きられるでしょうか?
 
 もしも謙虚に生きている人がいれば、この問いを放棄したのです。この問いを放棄することは、生きることを放棄することだと思います。
 
 私は今、四つの会社を持っています(単に所属しているのもあります)。ふたつは社長で、ひとつは取締役で、ひとつは社員です。その中のひとつで不思議研究所を運営しています。
 どれも会社組織なのでお金儲けが目的です。
 
 ガンガン儲けています。
 
 この点からして、すでに謙虚ではありません。
 
 不思議研究所では ホームページを運営していますが、書き込んでくれる人たちを、斬りまくっています。これも、どう見たって謙虚ではありません。
 
 しかし私は死ぬ日を知っています。当たる確率の高い占いで、逆算したのです。
 まだ先ですが、時間はそれほど無いのです。
 
 謙虚になど、生きていられましょうか・・・


2006年04月13日 09:41 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (21)

「あなたの顔がイケナイ・・」

 私は嘘がつけないタイプです。すぐに顔に出てしまうからです。トランプゲームなどで、いい手が揃ったときなど、もうダメです(笑)。顔が細く微笑んでしまうのです(笑)。しかも「フッフッフッ」とか呟きそうにもなります(笑)。
 
 でもきょうは、そんなレベルではない話を書かなければなりません。
 
 昨日、中国から「天機面相占術」というタイトルのテキストが届きました。
 1ページ目を開けてビックリ・・
 
 デカイ顔が書いてあるのです(笑)。
 
 そこには事細かな情報が書き込まれていました。
 
 すごいです。
 顔ですべてがわかるんです。
 
「あの人は、蔭でアンナコトしている人なんだ・・」
 
「この人は、1991年に不倫していたんだ・・」
 
 もう隠しようがありません。
 イケナイことをしていた人は、ディストロイヤーの覆面をしないといけません。でも目と口が出るので、そこからバレるかも知れません。
 
 天機面相占術によれば、運命はすべて決まっています。
 
 でも運命を変える方法があります。
 顔を変えるのです(笑)。
 
 あなたが今の運命なのは、あなたの顔が原因なのです。
 その目、その鼻、その口がイケナイのです。
 
 どうイケナイかって?
 
 私もまだテキストを読んでいないから分かりません(笑)。
 まずは日本語に翻訳しないと・・・


2006年04月14日 09:38 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (13)

地球をエゴで満たす占術

 ノバで中国語の勉強を始めたのが原因かも知れませんが、中国語の漢字に対して違和感が無くなりました。
 なので翻訳前の「天機面相占術」のテキストを読んでいます(見ています)。
 
 その中でかなりのページを割いているのが、「顔から官吏登用の運を見る」という章です。
 
 人が長生きをするかどうかは、顔に出ています。なので兵隊を集めるときの最大のポイントがこれです。
 長寿かどうか・・。
 だってなかなか死なないから(爆)
 こいつが敵前逃亡しない限り、自分の軍隊は全滅しません。
 
 そういう人ばかり採用すれば、最強の軍隊になります。
 
 なかなか死なない兵隊たちの集まりだから・・(笑)
 
 しかし日本は今、平和です。
 私は自衛隊の幹部ではないので、兵隊の寿命はどうでも良いです。
 
 でもあとの話は大変に興味があります。
 会社で人を採用する場合、そいつがどういう仕事ぶりをするか、顔を見れば一目瞭然なのです。
 こいつは何歳に花開くか・・まで出ています。いくら運がよい人でも70歳になって花開く人は採用しません(笑)。
 即戦力は重要な要素のひとつだからです。
 
 そしてこの章のあとは、それ以上に興味ある話題になります。
 どういう配偶者を選べばよいか・・・です。
 しかもそれを、まるで人事採用の視点から書かれています(爆)
 
 だからこれは、夫婦や恋人同士で読むモノではありません。
 お互いに顔を見つめ合い・・
 
「うーん・・、こいつじゃダメだ・・」
 
 (笑)
 
 激しく愛し合っているときも、「うーん・・、こいつじゃダメだ」という言葉が頭をよぎり・・(笑)
 
 精度の高い占いは、本当に世の中を良くするのでしょうか?
 
 今以上にエゴで満ちた地球になり、アミ星人や銀河連合から完璧に見放される星になるかも知れません(汗)
 
 だから面相占術のテキストは自分だけで勉強し、友達や家族に教えるのはやめましょう。


2006年04月15日 09:20 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (13)

こだわることは良くないか?


 サイン会が終わりました。
 まさに、「こだわり」のサイン会だったと思います。
 
 まずは、丸善の人がこだわっていました。
 
 丸善と交渉するのは出版社の編集者ですが、編集者が一ヶ月も前から言っていました。
 
「丸善が結構細かい事を言ってきてねえ・・」
 
 しかしサイン会当日、丸善はもっとこだわっていました。私が
 
「どうせみんな並んで、やることないんだから(笑)15分前に始めましょうよ」
 と言うと
「いや、整理券をもらって時間調整している人がいるから、ダメです」
 
 それでも私の「ねぇ、早く〜ぅ♪」というせがみに負けて(笑)、5分前に始めることになりました。
 
 担当が携帯で会場と連絡を取り、控え室から出て、会場に向かいます。
 会場の直前でまた携帯で連絡します。
 
「これから先生を入れます。アナウンスをお願いします」
 
 すると会場からアナウンスが聞こえます。
 
「森田先生が右の扉から登場されます。拍手でお迎え下さい」
 
 私は照れながら入っていきました(笑)。
 
 丸善のスタッフは10人近くいたようです。彼らはお客さんの整理と、情報の流通に気を使っていました。
 私にとってサイン会は三度目ですが、こんなことは初めてでした。いままで書店の担当者が3人つけば良いほうでした。
 
 サインが700人全員分終わったとき、丸善のチーフらしき人が真ん中に出て、その周囲に他のスタッフが並びました。そして
「ただいまサイン会が終了いたしました。書店のほうから花束を贈らせていただきます」
 と言うと、制服をバッチリ着た書店の女性による花束贈呈がありました。
 
 これを「こだわり」と言わないで、何と言うのでしょうか?
 
 実は私だってこだわりました(笑)。
 
 参加者に事前に言っていないことがありました。
 サインの下に、6次元の図のハンコを押すことです。あの図は、ものすごく繊細です。ハンコを作るだけで大変でした。ハンコ屋は何度もサジを投げそうになったそうです。
 
 それを「客引き」に使えば、もっと良かったかも知れません。
 でもそれは事前に知らせることはしませんでした。
 
 来てくれた人たちは1時間以上並んだはずでした。
 でもその「代償」が「予定されていたもの」だけでは、つまらないと思います。
 
 前日、テレサテンの「つぐない」という曲を聴きました。中国語では「代償」と書きます(笑)。
 
 別に、何かをつぐなったわけではありません(笑)。
 少しは「想定外」があったほうが良いと思う、私の「こだわり」です(笑)。
 
 精神世界の人たちは良く言います。
 
「こだわらないことが大事です」
 
 そんなことを言っているから「想定内」のサービスしか提供できないのではないでしょうか・・・。
 
 しかし徹底的にこだわったのが、昨日のサイン会でした。

 
丸善スタッフの徹底した準備風景
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2006年04月17日 09:53 | 投稿者:森田 健(もりけん) | コメント (9)

「百匹目のサル現象を斬る」

 宮崎県のある島には、サルが沢山住んでいます。エサは芋です。飼育係が海岸に芋をばらまくと、みんなそれを食べます。
 ある日、「イモ」という名前(汗)のメスザルが、芋を海水で洗って食べました。するとそれを見ていたサルたちも洗って食べるようになりました。
 しかしその数が「100匹目」を超えたとき、隣の島のサルも、洗って食べるようになったのです。
 ふたつの島全体が「芋を洗って食べるサル化」したのです(滝汗)
 
 これを「100匹目のサル現象」と言います。
 
 さて、精神世界系の人は、世の中を良くしようという意図を持っている人が多いです。
 そのとき「100匹目のサル現象」を布教しようとします。
 
「これを聞いているみなさんは、まだ始めのサルです(汗)。もっと広めて100匹に達して、世の中を変えましょう」・・と言います。
 
 これって戦争が起こるときも、そうだったと思います。
 
 私が学生時代は、反戦が、それでした。みんなが「友よ」を歌って酔っていました。
 
 「100匹目のサル現象」は、ほっておけば自動的にそうなってしまう現象なのです(汗)。
 
 私たちが今しなければならないのは、むしろ逆だと思います。
 
「100匹目のサル現象にならないようにするには、どうすれば良いのか?」・・という問いです。
 
 「100匹目のサル現象」をネットワークだと誤解する人は、沢山いそうです。
 
 みんなが同じ料理を食べることが、ネットワークでしょうか?
 
 世の中を良くしようというのは、そういうことでしょうか?
 
 バラバラなのにつながる