もりけん語録
テーマ:「中国夏紀行2006.07(6)」
書き込み期間:2006/08/02〜2006/08/06
要旨:
私と中国で会う人達との間には、約束事がほとんどありません。それが最もよく表れているのが、たった一行の契約書です。契約が破棄された場合のことなど、一切触れられていません。
面相師は、一度書き上げて日本語にも翻訳されたテキストに、脇目もふらず改訂作業を加えていました。事細かに契約内容を定めていたら、こうはならなかったかも知れません。
そして彼らには、全くと言っていいほど被害者意識がありません。だからこそ「私は結果」を受け入れやすいのだと思います。別の言い方をすれば、彼らは「諦める」ことの出来る人達なのです。

面相占術テキストの改訂作業のため、上海空港に着いた私達は作業スペースを探し、待合室で3時間にわたって作業に集中しました。
面相師にとって、本を書くことは未経験です。テキストが作れるかという心配があったと思います。だからこそ真剣に改訂作業をやっていたのです。
彼らが一行の契約を結べるのは、決して未来を知れるからではありません。未知の領域を前に契約事項を決めることなど無意味だという諦めです。
彼らは「運命は決まっている」というその先のデータを集めるのに必死です。みんな自分のことで精一杯で、余裕などないのです。

上海空港で作業が終わった後、面相師は日本食に挑戦したいと言いました。そこで空港内に一つだけある和食レストランに行きました。
ところが、出された料理はとても面相師の口に合いません。他の全員が食べ終わって出発の時間が迫った頃、面相師は「先に行ってくれ」「全部、食いたい」と言いました。
無理に食べなければならない理由は何もありません。しかしこれを食べられなければ、日本人との繋がりが切れると思ったのでしょう。最後は全部平らげて、「美味しかった」と言いました。
面相師の書く文章は、確かに上手くはありません。でもそれは、面相師が50年かけて集めたデータです。

ところで面相師が挑戦した和食とは、カレー南蛮でした。しかも何故かカラシ付きです。トラさんが真っ先にそれを注文して、面相師が同じものをと注文したのです。
トラさんとふとっちょの弟子が美味しそうに食べる中、面相師だけが食べられないまま一人取り残されていました。
しかし、日本人でもカレー南蛮を食べることはほとんどありません。そもそもカレー南蛮は和食でしょうか?
それでも面相師はカレー南蛮に対面し、最後は全て食べ切りました。
おそらくその時、面相師には日本の多くの読者が見えたと思います。そして、テキストへの加筆部分を適当に処理することが出来なくなったのです。
面相師がいつか日本に来たときには、本当の和食を食べさせてあげたいです。
目次
○ 約束
○ 8月2日のひとりごと
○ 8月3日のひとりごと
○ 8月4日のひとりごと
○ 8月5日のひとりごと
○ 8月6日のひとりごと
約束

 中国紀行からいきなり「約束」だと、関連性が無さ過ぎると思う人もいるはずです。しかし関係はあるのです。
 中国で会った人達は、私の間で約束をしません。
 約束の一番典型的なのが、契約書です。トラさんにしてもダンさんにしても面相師にしても、誰であれ、契約書に書かれるのはたったの一行(金額)だけです。
 契約をキャンセルをしたらどうなるか、そんなことは一切書かれません。契約書というものは普通、そういう時のためにするものです。
 つまり、そういう人達と私は、ほとんど約束をしていないことになるのです。
 ところが面相師は、ふとっちょの弟子が美人を見ている時でさえ(笑)、テキストから目を離しませんでした。テキストは既に日本語に翻訳されているので、それ以上中国語で加筆されると、困るのは私です(笑)。
 ちゃんとした契約書があれば、こういう風景は無いかも知れません。だって契約書には「甲は×月×日までに中国語の原本を送ること。乙は○月○日までに翻訳すること」などと書かれると思うからです。その期間を過ぎた行為は契約外のことになり、追加費用をどうするかなどという問題が発生します。
 しかし契約書(約束)が元々無いから、美人も見ずに追加行為をしています(笑)。(私もそれで日本での追加行為が発生します(笑)。)
 約束が無いから、上海空港の待ち時間に凄い作業(特大加筆作業(笑))をやったのだと思います。
 約束にはプラスのイメージがあります。約束を守ることが善的行為だともされています。しかし本当にそうでしょうか・・。

美人(笑)

(にせもの街なので、この美人も、にせものかも知れません(笑))

それでもブレない面相師(笑)



(面相師には、この美人がにせものなのが、分かっているのかも(笑))

上海空港の待合室での三時間に渡る改訂作業


8月2日のひとりごと

 私が関係している中国の人達には、被害者意識が非常に少ないです。無いと言っても差し支えありません。だから「私は結果」を受け入れやすいのかも知れません。
 例えばトラさんには、被害者意識は無いでしょう。
 トラさんは、勤めている考古学研究所に辞表を出しています。確か出したのは、三年前です(笑)。ずっと受理されません。トラさんは毎年コインを振るのですが「今年も受理されない」と出るそうです(笑)。
 本人は全くやる気無し(笑)。しかし研究所はトラさんを手放したくない。私と三週間も旅行しても、研究所には何の連絡も入れず(笑)。
 研究所もトラさんに恐くて連絡できない。だって既に辞表は出しているのだから(笑)。
 研究所は「そんなにフラフラしているとクビだぞ」とは言えません。「早くそうして下さい」と言われるから(笑)。トラさんてば、やはり無敵です。
 数年前、中国政府に楯突いた気功修練組織が台頭した時がありました。公安が、研究所にも調査に来ました。その組織に入っている人を逮捕するためです。
 公安がトラさんのことを聞いたときです。研究所の所長は言いました。
「この人がそんな組織に入るわけないでしょ」
「何故ですか?」
「その組織の誰よりも、トラさんの能力の方が高いよ」(笑)
 そこまで言われながら、トラさんは出世する気もありません。それどころか、辞表は提出済みです。
 辞表は何て書いたんだろう・・「我要退」・・か?たった三文字を書いて出したのかも知れません(笑)。
 それが三年も受理されないって言うのも、すごいです。そして受理されないからたまに研究所に行くというのも、すごいです(笑)。
 だから、受理されても時々行くかも知れません。惰性で(笑)。
 でも、ここぞという出番もあります。たまに出土品が出ると呼び出しがかかります。トラさんはおもむろにコインを振ります。そして言います。「これは偽物です」(笑)
 その瞬間のために、研究所はトラさんに給与を払い続けます(笑)。
 一度だけ、研究所の所長とバッタリ会ったことがありました。所長は銀縁のメガネをかけた、理知的な人でした。何となくトラさんの対極の人でした(笑)。トラさんがオールマイティ(ブロードの視野)だとすれば、彼はナロー(狭い視野)でした。
 所長は私と握手をしました。そして言いました。「トラさんがいつもお世話になっています。」所長は「この日本人を怒らしてはいけない」という感じでした。怒らせると本当に辞めちゃうから(笑)。
 こういうサラリーマン生活を送ってみたいと言う人は、ほとんどだと思います(笑)。
 トラさんはなんか、やはり超越しています(笑)。
8月3日のひとりごと

「約束」の投稿に対するレスですが、私は別のことを感じています。それは「諦め」です。
 トラさんやダンさんや面相師や○○○氏は、諦めることが出来るんです。
 ○○○氏は言いました。「森田さんとは最高でも年一回しか会えない。」つまり、いつトンズラするかも知れません。この確率は、相当大きいと思います。いくら契約書を作ったって、私は海外にいるわけだし、トンズラされても仕方がありません。
 私は「信頼」とかいう言葉が好きではありません。
 メインコーナーでは、運命論を展開する人も多かったです。しかし外側から書いているような気がします。
 トラさんやダンさんや面相師や○○○氏・・この人達は、運命が決まっているという話をすることは、滅多にありません。
 やることは、例えば上海空港で作業スペースを探すことでした。これに意外に手間取りました。でもみんな真剣に探しました。その後は、あの光景です。
 9000パターンの古文書の解析だって、半端ではありません。腕組みをして机の前に座っているようなことはしていません。ゴミ箱からピンセットで拾います。
 彼らのデータがあるから、私達は「運命は決まっている」などと、クーラーの効いた部屋で書き込みします。しかし彼らは、その先のデータを集めようと必死です。
 そういうのを経験して「今、ぎっくり腰です」とは言えません。
 おそらく、死にに行く人は、契約書など作らないでしょう。それは諦めているからだと思います。他の契約条項を作っても無駄だという諦めです。
 決して「未来を知れるから」ではないと思います。
 面相師は契約するとき、私の顔なんか見ませんでした(笑)。
 彼はテキストが作れるか・・を心配したと思います。なぜなら本や文献を書いたことが無いからです。だから空港でもあれだけ真剣だったのです。
 みんな未知の分野に挑戦したのです。だから契約など、あり得ません(笑)。「書くから、そっちはそっちで、勝手にやってくれ」こういうスタンスだったと思います。
 みんな自分のことで精一杯です。余裕なんか無いんです。積み上げたものなど無いんです。守るべきものも無いんです。つまり、スタートラインは「諦め」です。
8月4日のひとりごと

 面相師の書いたテキストですが、私の目から見ると、やはり「作家」が書いたものではありません。
 私は既に送られてきたテキストについて、事前に質問を用意しました。ビデオを回しながら、その質問に答えてもらいました。そのビデオだけで2時間です。
 面相師はしどろもどろでした(笑)。これではヤバイと思ったのです。

それで、このシーンに結び付きます








 契約外のフィードバックを貰ったからです。
 面相師が人に伝えるということをした、初めてのシーンです。
 上海空港で作業が終わった後、面相師は言いました。「なんか、日本食に挑戦したいな・・。」
 それで、上海空港に一つだけある和食のレストランに行きました。
 しかし料理が運ばれてきて一口食べた時、彼は言いました。「これは、食べれない・・」
 トラさんは、うまそうに食べています(笑)。
 出発の時間が迫ってきました。私達(面相師以外)は言いました。「もうゲートに行かないと、偽物の街に行けなくなる」(笑)
 面相師は言いました。「先に行ってくれ。」
 私は言いました。「えっ、なんで?」
「全部、食いたい。」
 彼がそれまで格闘していたのは、日本人向けのテキストでした。今格闘しているのは日本食です。食えなかったら、日本人との繋がりが切れると思ったのだと思います。
 こういう時、トラさんはドライです。「行きましょう」(笑)
 出発の直前(笑)、面相師が来ました。「美味しかった」・・と言いました。
 こういう行為を、私は「諦め」と言います。
 だって和食なんて、自分の味覚に合わなければ残せばいいでしょう。平らげることに何の意味もありません。周囲から見ればバカです。自分から不幸に飛び込んでいくようなものです(笑)。今ここに書かなければ誰も知りません。
 面相師の文章はヘタです(失礼)。テキストの構成もヘタです(さらに失礼)。
 だから、日本の多くの読者はクーラーの効いた部屋で「分かりにくいテキストだな」と言うでしょう。面相師が50年かけて集めたデータに対して・・。
 日本には見てくれだけの本が多いです。彼らはクーラーの効いた部屋で書いています。
8月5日のひとりごと

 今日は、面相師が生まれて初めて食べた「和食」の話です(笑)。
 面相師が生まれ育ち住んでいる場所は、田舎です。

この写真ですが・・


 このホテルは都会です。ここまで列車で何時間かかけて来ました。このホテルは都会で一番のホテルですが、和食の店はありません。中国では、よほどの都会でないと、和食は食べられません。なぜなら、よほどの人でないと、日本に来られないからです。
 一介のコックさんが(失礼)日本に来るのは、本当に大変です。修行をするには、日本に長期滞在しないといけません。しかし日本の外務省は厳しく、四年制の大学を出た人でないと、長期のビザを出しません。ただでさえ大卒のコックさんは珍しいのに・・です。
 例えば日本の有名ホテルの中華料理のコック長は中国人が多いですが、あれは全員大卒です。うまい中華料理を作れてしかも大卒という条件をクリアーした人を、ハンティングしてくるのです。
 というわけで、北京や上海を離れると、和食のレストランはありません。なので面相師にとって、和食は生まれて初めての体験でした。上海空港だから和食のレストランがあったのです。
 トラさんの隣に面相師が座りました(笑)。トラさんは慣れた感じでメニュー見ています。そして言いました。「カレー南蛮(うどん)を下さい。」面相師は言いました「そ・・それ、私にも・・・。」私は天ぷらうどんを頼みました。
 ブツが来ました。トラさんは、さっそくズルズルと食べ始めました(笑)。
 面相師は、黄色い液体に入ったうどんを見つめています。しかし・・それは「顔」ではありません。カレー南蛮うどんの表面からは、未来は読めません。
 面相師は一口食べました。そして言いました。「げっ」
 なぜか、カレー南蛮にカラシが付いています。
 トラさんがそれを食べ過ぎて「き・・キタ・・・」と言って、鼻を押さえました。面相師はそれを見て訊きました。「キタって、何が?」(笑)トラさんは鼻を押さえたまま、答えられません(笑)。
 面相師はカラシを舐めました。そして言いました。「ゲッ」
 私は思いました。カレー南蛮って、和食でしょうか?(笑)和食と言えば、カレー南蛮の対極にある気がします。
 なんでまた、生まれて初めて食べる和食がカレー南蛮なのでしょう(泣)。しかも、追い打ちをかけるように、何故カラシが付いているの??
 面相師は思ったに違いありません「日本人をあなどってはイケナイ・・」「日本人は、根性がある。これにカラシを付けている。」(そんなもん、誰も食べてない)

この写真は、順序が違います

美人(笑)

(にせもの街なので、この美人も、にせものかも知れません(笑))

それでもブレない面相師(笑)



(面相師には、この美人がにせものなのが、分かっているのかも(笑))

上海空港の待合室での三時間に渡る改訂作業


 始まりは、一番下の上海空港です。私達は上海経由で、偽物の街に行きました。なので時系列からすれば、最初の3枚は帰りなのです。目の前に美人がいるのに面相師は一心不乱です。それは、カレー南蛮とカラシに理由があります。「日本人はあれを毎日食べて、気合いを入れている・・・」と思ったかも知れません。
 しかし私は54年間生きてきて、カレー南蛮を2回しか食べていません。ソバ屋に入って、カレー南蛮を注文する奴の気が知りません(笑)。ソバ屋って、サッパリしたものを食べるために入るのではないでしょうか・・。
 それにしても、上海空港の和食店に、なぜカレー南蛮が・・。
 みんな食べ終わりました。しかし面相師の前には、縁まであふれたカレー南蛮と、カラシの小皿が・・・
8月6日のひとりごと

 私が初めてカレー南蛮を知ったのは高校生です(まるで初体験のようだ(笑))。
 先輩が教えてくれたのです(ますます「初体験」のようだ(笑))。
 それは高校の校舎の裏でした(もっとますます「初体験」のようだ(笑))。
 既に高校を卒業した先輩は、私を裏門の近くにある古びたソバ屋に連れて行きました。
 私は天ぷらうどんを頼みました。先輩は何の躊躇もなく「カレー南蛮!!」と言いました。「何それ」と訊きました。先輩は言いました。「えっ、知らないの?カレー南蛮を知らない人がいるんだ〜」
 そこにはもう一人同級生がいました。彼は言いました。「こいつは日の出村だから、そんなの無いんだよ。」
 私は思いました。カレー南蛮って、都会っ子の食べ物なんだ・・。
 先輩の前にカレー南蛮が運ばれてきました・・。それを「ズルズル」と食べる先輩を見て、本当に都会っ子の食べ物なんだろうか・・と思いました(笑)。
 私が食べるのは、その3日後です(笑)。授業が終わるとそのソバ屋に行き、カレー南蛮を頼みました。一口食べて思いました。「これを考えたヤツの気が知れない。」(笑)
 カレー南蛮には、和風の和の字もありません。「日本からどこまで遠ざかることが出来るか」をテーマにした食べ物だと思いました。
 しかし・・です。長春で入った日本料理屋には、カツ丼とカレー南蛮しかありませんでした。この理由は次第に明らかになります。それは、海が遠いのです。しかも「クール宅急便」なんて無いので、お刺身なんてあり得ません(あっても怖くて食べられません)。
 その結果和食として生き残るのが、カツ丼とかカレー南蛮なのです。

カツ丼


親子どんぶり・・子(卵)がいない・・


和風野菜スープ・・どこが和風だ・・


 これで、中国の和風状況をご理解頂けたと思います。
 サンマの焼き魚定食だってあり得ないのです。海が遠いから・・。大根おろしを付けて、味噌汁の横には漬け物が添えられているのが面相師の前に来たら、私は諦めも付きました。
 しかし・・面相師の前に運ばれたのは、カレー南蛮でした・・。私は「日本では都会っ子が食べるんです」・・とは言えませんでした(笑)。
 しかしトラさんは、辛いものしか食べません。だからカレー南蛮は大好物です(笑)。
 トラさんとチベットに行くとき、北京空港の「喫茶店」に寄りました。そこで私とトラさんは「ホワイトソーススパゲッティ」を頼みました。トラさんは一口食べて言いました。「た・・食べられません・・・」
 それはそれは美味しかったです。私はズルズルと食べました。
 なので、カレー南蛮にカラシを入れることなど、へっちゃらです(笑)。
 ふとっちょの弟子も、カレー南蛮を美味しそうに食べました(笑)。
 面相師は、その時ほど「孤独感」を味わったことは無いかも知れません(笑)。だって、和食に誘ったのは面相師です。
 みんなは全部平らげてゲートに行ってしまいました。面相師は一人、カレー南蛮を見つめています。おそらく、日本人とこれほどの繋がりが出来たのは、これが初めてだと思います。
 演出は嫌いだと言って、私の講演を「食べなかった」人もいました。しかし面相師は、カレー南蛮に対面していました。カレー南蛮の向こうに、日本の多くの読者が見えたと思います。
 いつか彼が日本に来たら、本当の和食を食べさせてあげたいです。こういうのを(笑)。


 面相師は腹が減ったら飯を食う・・でしょうか?
 彼は食いたくないものを食いました(笑)。食ったところで何の得にもなりません。
 彼は道教を祀っていました。道(タオ)とも外れます。
 ゲートに行くとき私は誘いました。「一緒に行きましょう。」
 彼は言いました。「食ってから、行く。」
 別に約束なんて、していません。食わなくたっていいんです。しかしこの一言で、加筆された部分を「適当」に処理することが出来なくなったのです。
「約束」はアセンションされたのです。一連の出来事はアセンションだと思います。
書き込み期間:2006/08/02〜2006/08/06